第8話

ソファーに残された北木は自分の姿を改めて確認する。




「何故こんなことに……」




 絵里がいた手前、取り乱すことも出来ず平静を装っていた北木だが、一人になれば話は違う。



 立ち上がりソファーの端まで行き、真っ暗なテレビの画面に自分の姿が映る。



 どこからどう見ても狐のぬいぐるみだ。北木の予定では今頃、絵里とレストランで食事をしていたはずだった。




――なにかの罰か? 最悪のタイミングだな




 ここ最近の北木の行動は、職権乱用だと言われても否定できないほどだった。



 自分で十分に片付けられる仕事を終業間近に絵里に頼み残業させる。



 嫌われている、嫌がらせだと周囲から聞こえてきてこんなことは今日で最後にしようと思っていた矢先の出来事だ。



 ソファーの背もたれ付近に戻り、腰を下ろす。背中にある尻尾を前に回して短い手で握り閉めていると、風呂から出た絵里が上から覗いていた。




「お風呂入ります?」



「本気で言ってるのか?」



「ですよね……お腹すいたんでご飯食べていいですか?」



「あぁ、どうぞ」




 化粧を落としTシャツに短パン姿の絵里は、会社で見るより若く見える。



 キッチンに向かった絵里の背中を北木は複雑な心境で見ていた。




――無防備。全く男として意識されていないのか。




 今の姿を考えれば仕方のないことなのだが、北木を落ち込ませるのに十分だった。




「そうだ、真紀ちゃんと柴田君にメールしとかないと……」




 タオルで手を拭きながらソファーの下に置いてある鞄から携帯電話取り出し、その場に座ってメールを打ち始める。



 北木はソファーの肘かけに掴まり覗き込む。




「今日は、柴田君と飲む約束をしていたのか?」



「真紀ちゃんも一緒ですよ。楽しみにしてたのになぁ」




 絵里は背後にいる北木をチラリと見て、メールを送り終わった携帯電話をテーブルに置いて立ち上がる。



 北木の表情は人形のもので全く感情が読み取れないが、尻尾が後ろに力なく落ちるのを見て嫌味の効果を感じ取った。




――これ以上いじめるのも可哀想かな?




 キッチンに戻った絵里は手際よく野菜を刻み、焼きそばを作ってテーブルに戻って来る。



 冷蔵庫からタッパーに入ったお惣菜を取り出して並べ、最後に缶酎ハイを二本テーブルに置く。




「飲み物も駄目ですかね?」



「人形だからな……」



「それじゃ、雰囲気だけでも」




 缶酎ハイの一本を北木の小さな手に手渡し、頂きますと絵里は焼きそばに箸をつけた。



 その後ろで缶酎ハイを抱きしめる北木が尻尾を揺らしてソワソワとしていることに絵里は気づいていない。

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