第6話

狐のぬいぐるみと対峙して絵里は混乱する頭の中で一つの答えを導きだし、椅子から立ち上がる。




「北木課長! お疲れ様でした!」




 このところ、疲れが溜まっていたし一晩寝ればこの状況も解決するだろうと理解するのを止めたのだ。




――私の体には異常がないし帰ろう!




 頭を下げて帰ろうとする絵里の胸に狐のぬいぐるみが、待てと言わんばかりに飛びつく。




「こ、紺野君! 僕を見捨てるのか?!」



「放して下さい!はっ、放せエロ狐!」




 必死な北木にはこの状態で一人、放置されることを恐れしがみついているのだが、なにぶん手足の短いぬいぐるみ。



 振り落とされないように絵里の胸をフニフニと握っていた。



 絵里は耐えかねたように狐のぬいぐるみの尻尾を掴んで引きはがす。




「セクハラ! 何するんですか!」



「き、君はこんな僕を置き去りにするつもりか?!」



「知りませんよ! 明日には戻ってますよきっと」



「何を根拠に……」




 根拠などある訳がない。こんな面倒事が嫌だからとは口には出さなかったが、絵里の思いは北木に伝わっていたようだ。



 尻尾を掴んで逆さ吊りになっている狐の表情は変わることはないが、少々の怒りが感じられた。




「薄情もの! それに、君だって十分にセクハラだ。尻尾を放してくれ」




 刺繍された黒くて細い目が吊り上ったように見え、セクハラと言われた絵里は顔を赤くして手を放す。



 言わずとも床にボテッと狐のぬいぐるみが落ちる。




「痛っ……思っていたより乱暴だな」



「思ってたんですか、私のことを乱暴だと?」




 変な状況のせいなのか今まで腹に文句を溜めていたせいなのかは分からない。だが絵里は北木の言葉がいちいち癇に障る。



 上から威圧的に絵里に睨まれ、北木は短い手で口元を抑えて違うと言う様に尻尾を振る。




「はぁ……仕方ない」




 絵里は大きな溜息をついて狐のぬいぐるみを鷲頭噛むと、デスクにある紙袋に押し入れた。




「もう少し優しく扱ってほしい……」



「文句があるなら捨ててきますけど?」



「ないです」




 耳が悲しそうに折れ紙袋の中に大人しく姿を隠す。絵里は今日一番の疲れを感じながら、紙袋を持ってオフィスをあとにした。

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