第4話
「そうか……悪いことをした……」
――いやいや、あんた確信犯でしょう? 昼にはその予定が入ってるの聞こえていたでしょうが!
盛大に心の中で突っ込みながら、なんとか笑顔を作る。
「いえ、思いのほか早く終わったんで今からなら間に合うかもしれませんから……お先に失礼していいですか?」
提出前に絵里自身も見直している。書類に重大な不備があるとは思えないし、あったとしても北木にどうにかしてもらおう。
嘘も方便。このまま北木と一緒にいる時間が耐えられない。
「お……」
すんなりと「お疲れ様」と返してくると思っていた絵里は口ごもる北木に首を傾げる。
――早く言えよ!
心の中で絵里が毒づいていると、窓ガラスにバタバタと雨が打ち付ける音が大きくなり気を奪われる。
気温が上がると共に、日が延び始めたこの頃。沈みかけた夕日が悠々と雨をオレンジ色に染めていた。
オフィス内と同じく異様な天気の雰囲気に息を飲む。
「変な天気だな……たしか、こんな天気を……」
窓の外を一緒に見つめていた北木がポツリと呟くように話だし、絵里が窓から視線を移した瞬間に空が光る。
爆発したような音が響き、その直後に何かが地を這うような低い音と揺れを感じるとオフィスの電気が消えた。
「わっ、停電?」
近くに落ちただろう雷の音に一瞬驚いたが、窓から見える空はすっかり雨が止み、夕日が差し込んでいたので停電でパニックになることはなかった。
それよりも、絵里はこの状況で何も声をかけてこない北木の姿を探していた。
――まさか机の下に隠れてるとか?
目の前で座っていたはずの北木がいないのだ。今の音と揺れにデスクの下に隠れたのかと苦笑いしながら覗き込む。
「いない……どこ行ったの?」
今の今まで目の前にいた男が消える。不思議なことに首を傾げているとオフィスの電気が突然点いた。
明るくなったオフィスを見回すが、北木の姿はない。意味の分からない状況に嫌な物を感じてその場に固まる。
空調と絵里の心臓の音ばかりが耳に響く中、ガサリと音が聞こえた。
「き、北木課長? ふざけてないで出てきてください」
胸の前で手を握りしめて音のする自分のデスクがある方に声を掛けてみるが、返事はない。
恐る恐る自分のデスクに向かって進む。音の正体が分かった絵里は胸の前で握りしめていた手を戻し、息をつく。
「なんだ、これが落ちた音だったのね……」
第二の北木と呼べる狐のぬいぐるみがデスクから転げ落ちていたのだ。
転がった狐と入っていた袋を拾って机に戻そうと狐を抱き上げて固まる。
「痛い……雷が落ちたのか?」
声がする。自分のすぐ近くから。
まさかと思いながらゆっくりと腕の中にいる狐のぬいぐるみを見る。
――う、動いてる?!
モゾモゾと腕の中で動く狐のぬいぐるみを絵里は慌てて投げ捨てた。
「い、痛っ!」
床に投げ出された狐のぬいぐるみは、ふっさりとした尻尾が左右に揺れて2本の脚で立ち上がる。
頭を振り自分の前足を見て狐のぬいぐるみが悲鳴を上げた。
「なっ、なんじゃこりゃぁぁぁ!!」
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