第3話

ファイルを開きポストイットを片手に必要と思われる資料をピックアップしていく。



 北木と絵里の二人だけになったフロアーには頁をめくる音がやけに響いていたことに絵里は手を止めた。




――人に仕事押し付けて優雅だな! 余裕があるなら自分でやれ!




 キーボードを叩く音もなく珈琲をのんびりと飲んでいる北木の姿に絵里は苛立ちを隠せない。



 デスクの端に置かれたままになっている北木を思わせる狐のぬいぐるみを睨み、鼻先を指で弾く。



 納まらぬ苛立ちは絵里をエスカレートさせ、鼻先を掴んで手元に引き寄せて罪のない狐のぬいぐるみの腹をボスボスと殴りつけ呪いのように文句を心で叫ぶ。



 我に返り狐のぬいぐるみを置いてあった位置に戻して無心でパソコンに向かって仕事を進めた。



 その甲斐あってか、思いのほか早く仕事が片付いて北木にまとめた書類を渡しに行く。




「早かったね……」




 北木は驚いたように絵里から書類を受け取ると目を通しはじめる。



 出来れば「ご苦労様」と言って帰らせてくれないだろうかと、思っていると北木がおもむろに話しかけてきた。




「今日は柴田君と飲みだったのかな?」



「はい。私は残業になったのでキャンセルですけど」




 どうにも北木に腹が立って絵里は嫌味ったらしく答えると、書類に落としていた北木の視線が絵里に向けられた。



 細くて目つきが鋭い北木に無言で視線を向けられると誰しもが威圧的なものを感じる。




――残業して仕事終わったんだから少々の文句ぐらい聞き流せよ。




 内心ドキドキとしながら絵里は引きつった笑顔を向ける。

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