第2話
ふんわりした巻髪を揺らして絵里のデスクに真っ直ぐやってきた野山 真紀[ノヤマ マキ]の姿を苦笑いで迎える。
「おつかれさまです絵里先輩! 今日は残業なしですよね?」
「おつかれ。そのつもりだったんだけどね……」
デスクに置かれたファイルに視線をやりごめんねと謝ると、真紀は唇を尖らせる。
「今日は柴田君の財布を空っぽにしようって、約束したじゃないですかぁ」
「仕事だからゴメン真紀ちゃん!今日は柴田君と二人で楽しんできて」
不満げな顔で頬を膨らませる真紀は実年齢よりもずっと幼く見えて絵里は思わず可愛さに笑う。
そんなやりとりをしていると、フロアーの仕切りから噂をしていた柴田が姿を見せる。
北木に挨拶して絵里と真紀の方へ手を振って小走りでやってきた。
「お待たせしました! さっ、早く店行きましょう」
パッチリとした目の男と言うよりも、まだ男の子の形容詞がしっくりくる柴田 忠雄[シバタ タダオ]の笑顔は散歩に行く前の犬を思わせる。
この笑顔を曇らせるのは少々心が痛む気がしたが、真紀に話したように理由を告げて絵里は頭を下げる。
「えぇ!? 今日も? 絵里さん課長になんかしたんじゃないんですか?」
「変なこと言わないでよ……心当たりないし」
柴田がそう言うにも理由がある。前から残業を頼まれることは普通にあった。
だが、頻繁に残業をしなければならないような仕事量はないはずなのだ。
言われと絵里にはもう一つ引っかかることがあった。残業を頼みに来るときは決まって終業間近。
今日は約束もあったので昼過ぎには、残業にならないように自主的に課長の元へ行き仕事の手伝いを申し出たのに。
――自分の仕事量も分からない馬鹿なのかあいつは?
いい年した男が意地悪などといった稚拙なことをするとはどうしても絵里の頭には浮かばない。
「じゃあ食事の時に驚かそうと思っていたやつ今、渡しちゃいますね」
北山を見て考えていた絵里に真紀が自分のデスクから持ってきた紙袋を置いて中からリボンのついた袋を出して渡す。
受け取った絵里は袋の口にあるリボンを解いて中身を取り出す。
「なにこれ……」
体長30センチほどの狐のぬいぐるみをデスクの上に座らせ、絵里と柴田は困惑した様子で眺める。
「この間の連休に、縁結びの神社に言ったんです。一人で男の影もない絵里先輩に彼氏が出来るようにって買ってきたんですよぉ」
間延びしたような口調に屈託のない笑顔を見せ、油断した絵里の心にグサグサと容赦のない言葉を浴びせる。
――悪意はないんだよね?
なぜか素直に喜べない絵里は苦笑いで狐のぬいぐるみを見つめ。間を開けて一応お礼を言った。
「お礼なんていいんですよ。ぬいぐるみって癒し効果もあるし、孤独な夜も抱きしめて寝たら寂しくないです。絵里先輩にぴったりでしょう?」
「野山さん! さすがに失礼だろそれ!」
意気消沈していく絵里を柴田がかばうように抗議すると、真紀は驚いたような表情を見せた後に柴田を睨む。
「でも私、嘘はいってないよ?」
「三十路で独り身の絵里さんが、どんだけ寂しいと思ってんだよ! こんな人形なんかで癒されるわけないだろ!」
「わぁ、柴田君って天然!」
頭の上で交わされる後輩たちの会話に絵里の心は深い傷を負っていた。
妹や弟のような感覚で可愛がって甘やかしていたのが良くなかったのだろうかと、今後の教育方針を改めようと胸に決めながら溜息をつく。
「お店予約してあるんでしょう? 早く二人で行ってきな」
「早く終わったら連絡してくださいよ! 待ってますから」
後輩二人は可愛い笑顔を絵里に向けた後、言い合いをしながら出て行った。
――たぶんこの残業後じゃ合流する元気ないな。
狐のぬいぐるみを見ながら適当な時間にメールしようとパソコンに向き直った。
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