紀子先生

百目鬼 祐壱

紀子先生

瑞穂青陵高等学校

shintaro hanaoka

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★☆☆☆☆ 1 年前


卒業生です。本当に最悪の学校でした。体育教師の村山ってやつがもうどうしようもないほどのクズです。もう何何年も前のことだから記憶も定かではありませんが、たしかハンドボール部の顧問をしていたと思います。一年のとき、体育の授業がこいつでした。球技や何かで少しでもミスをするとそんなのもできないのかと皆の前で馬鹿にされ、笑いものになり、酷く惨めな思いをしました。顔が生意気だとかなんとか言われて皆の前で殴られたこともあります。それを同級生たちはにやにや笑いながら見ているだけでした。他の教師も誰も止めません。いや、紀子先生だけは別でした。紀子先生は若い英語の先生で、たぶんあの当時は二十代前半だったかと思います。私と家の方向が同じで、朝とか同じ電車に乗っているのをよく見ました。あれは確かビンラディンが殺害された日のことだと記憶しているのですが、その日私たちは初めて言葉を交わしました。通学途中に後ろから追い抜かれて、「●●くん、おはよう」と紀子先生は振り向きざまに私にそう言って、「ちょっと急いでるからあとでね」と小走りで駆けていきました。いつもの灰色のジャケットに白いロングのスカート、それにやや高めのヒールを履いていました。ヒールで走るのは危ないなと思ったのを覚えています。それから、授業中に紀子先生と目が合うようになりました。きっと私たちは気が合うのだと思う様になっていきました。だって、趣味も合うから。ビートルズの「Hey Jude」を授業で扱った際に、先生はビートルズよりもピンクフロイドが好きだと授業で言っていたこともありました。それは私も同じだから、ぼくもすきですよと授業が終わってから伝えたかったのですが、紀子先生もきっと忙しいだろうから、そういうことはあんまり言わないようにしようと思って黙っていたのです。とにかく、紀子先生と私は近しい運命の下にいたのは事実なのですが、しかし、見てしまった。冬のころだったと思います。紀子先生が、村山と親し気に話しているところを見ました。職員室に用があって、とびらの隙間から中を見た時に、見たのです。紀子先生は笑っていました。村山がなにか冗談のようなことを言うと、また笑いました。それはどうしようもない裏切りでした。でも、悪いのは村山なのです。私は村山の手から紀子先生を解放しなければならないと思い立ちました。そのためには、紀子先生にはひとつ此岸のしがらみから解き放たれることが必要でした。そこでホームセンターにのこぎりを買いに行ったのですが、近所にホームセンターなどなかったので、ではそれはどこに買いに行ったのか思い出せないのですが、とにかく、海が見える町の近くに小さな古民家のようなところがあって、そこにのこぎりは置いてあって、そのとなりに紀子先生がいました。紀子先生は私に向かって、進路は決まったのかと聞いてきたので、はいと答えると、紀子先生はとつぜん笑い出し、私に十円玉を三つくれました。紀子先生が語りだしたのは、かつてこの国で戦争があったということです。それはとてもとても悲しい戦争で、多くの人が死んだし、多くの精神が傷つけられた、戦争は二度とあってはならないけれど、でもいまだって戦争はいつもそこにあるんだよと紀子先生が言うので、いまも戦争は続いているんですかと聞くと、いつだって、毎日が、その人にとっての戦争でしょ、教室の中でも、人は死ぬ、心は腐る、そうならないために、生き抜くために、必死にしがみつかなければならないのと言って、窓から身を投げました。そうやって目を覚ました私はベッドの上で携帯を開き、遠くの街のことを思いながら、開戦の報せを待ち続けていますが、いつまでたっても始まらないので、星1とさせていただきます。

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