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文学フリマ東京35を経て

口ロロに『マンパワー』という作品がある。高校生の時に聴いていたこのアルバムが、なぜか昨日今日の自分の脳裏によく響く。2013年、震災が後姿を見せ、東京スカイツリーが開業したあの頃の雰囲気がまるごと詰まった音楽だと思う。そのような時代性の帯電になぜいまこの時の自分が惹かれるのか、定かなことは分からない。それによく調べたら、このアルバムが出たのも、スカイツリーが開業したのも、どちらも2012年だという。なんとも適当なものである。たくさん聴いた音楽なのに。時代感覚が分からなくなっている。ひとの記憶とは案外そんなもので、大事だと思っていることだって簡単に忘れてしまうし、どうでもいいことばっかりは覚えていたりもする。

文学フリマ東京35に出店した。いわゆる同人誌の即売会である。コミケの読み物版。そこで『みりん、キッチンにて沈没』とかいうふざけた名前の短編集を出した。ひとつも売れなかったらどうしようと当日まで不安は尽きなかったが、意外と売れた。いろんな人が買ってくれた。わざわざこの本を買いに来てくれる人もいた。嬉しかった。

『マンパワー』を聴いていたころ、2012年でも2013年でもいいのだが、そのころの自分は、将来自分が本を出すことになるなんて夢にも思っていなかった。自分の書いた文章が知らない誰かの頭に吸い込まれていくなんて思わなかった。それは叶わない夢への憧憬ではなく、ただ単に世界の広がりに気づいていなかった。自分で言葉を紡げること、紡ぐことが許されている世界に生きていることに、気づいていなかった。

十年という歳月が流れた。その間に、たくさんの人に出会った。多くの本を読んだ。音楽も聴いた。映画も観た。いろんな感情に遭遇した。少なくない風景を見た。いやなこともあった。楽しいこともあった。その間、ずっと自分の奥底に、言葉が、物語が、溜まっていった。いつかそれがあふれ出して、そうやって、一冊の本になった。本がたくさんの人の手に渡った。どこかで、誰かの言葉のいちぶになってくれたら嬉しい。なんて思いながら、このブログを書いている。

ひとつ節目となった2022年。十年後から見れば、またそれも遠い記憶となっている。そしてまた、文学フリマに初めて出たのは2023年だったよなとか、『マンパワー』でも聴きながら勘違いするのだろう。まあでも、入り混じった記憶の中に、この美しさだけ垣間見えたらそれでよい。

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