第8話

(源九郎狐)

九郎判官源義経一行が吉野越えをする時の話です。身分の低い男が案内を申し出た。


男は僅かな間に油紙の中にカラシを砕いて包んだもの油紙に塗り付けた膏薬・宇陀紙・渋革紙・油紙に布にしみ込ませた酢・小麦粉・餅米の藁・麦藁・荒縄・豆をはじかせた心を砕いた万全の用意をした。


吉野山は女人禁制で静御前は一緒に行けませんと諭し名残の言葉をかける余裕もなく形見分けとして静御前から鼓を義経から横笛を取り上げ素早く交換させた。


間もなく男は吉野越えの支度にとりかかった。カラシを足の指先に振りまき足先からすね迄宇陀紙で巻いて頭には竹の皮で作った笠をかぶり渋革紙でマントのように身を包み命綱を通し荒縄を腰にくくりつけた。


杉の板に細竹を付けて振ると音が鳴る鳴子を一睡もせずに作り一人一人に腰に付けさせた。


鳴子は自分の場所、生死体の様子を見る為のものです。


吉野の積雪は深く一人一人が鳴らし続ける鳴子の音だけがします。


こうした中でひたすら歩き続け男は一行の後ろ前と犬のように掛け走り道を探して誘導した。


信じられない早さで奥深い吉野山を乗り越えた。


やがて夜明けも近い頃ここ迄くれば皆様のお力で越えられます。


もし怪しき者と咎められたら西国の薬売りと荷を開けて薬・軟膏・酢等をお見せ下さい。


藁の穂先には米を付けた物を混ぜて有りますと別れの挨拶をした。


そのまま残り同行して欲しいと訴えるが聞き入れず、それならお礼に何か欲しい物が有るかと問えば


私は吉野山の狐です。母が静御前の鼓の革になり母恋しくて静御前の傍でずっとお守りしてきました。


できるなら鼓を頂きたいと申し出た。しかし大事な静御前の形見の為やることができぬ。


その代わり我名、九郎判官源義経の名の一部を与える。これより源九郎狐と名乗れとおっしゃった。


源九郎狐の名の由来である。

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