第5話 傷付いた彼女
三年前。
藤本みのりという女性と遭遇したのは、よくあるコーヒーショップ。
別段、話し込んだわけでもなければ、意気投合した訳でも無かった。
しかしそれ以降、彼女に付き纏われる日々に突入した。
自宅が知られ、影に隠れている時もあれば、ポストに手紙が投函されている事もあった。
そしてそれは次第にエスカレートしていき、帰宅すると自宅マンションの前にみのりが立っている事が多くなっていった。
ポストに投函される手紙の内容も、次第にエスカレートしていき、最終的には、みのりの中で聡一は『彼氏』になっていた。
そして会えない日、触れ合えない日々を責める内容へと変わっていった。
どうにかしようと、着々と証拠を集め始めたある日。
またしても、ポストに手紙が投函された。
しかし、その日の手紙は少し違っていた。
四月一日に、手紙に記載された住所に来て欲しいというものだった。
調べてみれば、そこは『藤本みのり』の自宅だった。
決着を着けるには良いかもしれない。
ボイスレコーダーをポケットに忍び込ませ、聡一は藤本家へと乗り込んだ。
◇◇◇◇◇◇
二年前の四月一日。
あかりの手を取り、外に出た。
これからの事をどうするか。
相談にくらいはのっても良い。そう考え、あかりと共に近くのカフェに入った。
「今後はどうされますか?」
いきなりの事で、あかりの考えは纏まっていないだろう。
しかし、あかりの答えが出るまで悠長に待つ事も出来なかった。
今の時点で、彼女は寝泊まりする場所すら無いのだ。
「…あ、そう…ですね…」
困ったように笑うあかりが痛々しかった。
そして言葉を無くし、あかりの大きな瞳からポロポロと涙が零れ出した。
表情は困ったように笑っているのに、零れる涙は止まらない。
聡一は、それを見て『綺麗』だと思った。
窓から差し込む光が涙を照らし、彼女を引き立てた。
そして次に感じた感情は『悲しみ』だった。
職業柄、目の前で若い女性が泣こうとも、自分の感情が動いた事など無かった。
聡一にとって、それは日常の事だった。
なのに、あかりが涙を流す姿を見て『悲しく』なった。
自分が悲しくて、あかりをどうにか救わないといけないと考えた。
だから、強引に自分の元に置いた。
彼女と同居し、居住地を移動させた。
あかりを『家族』や『元婚約者』に返す事など有り得なかった。
そうして、あかりと共に過ごした日々。
彼女は徐々に回復していった。
水が与えられず萎れた花が、水を得て次第に美しい姿を取り戻すかのように。
少しずつ時間を掛けて。
それはいつか見た『花』のようだった。
何年か後に知る、その花の名は『ラナンキュラス』といった。
花弁が幾重にも重なったその花は、あかりの姿や
自信を取り戻す度に花開くように。
綻んだような笑みを浮かべる姿や、はにかむ姿。
そんな様子が幾重にも重なる、美しい花のように思えた。
そうして過ごすこと、二年。
完全では無いかもしれない。
それでもあかりは随分と立ち直った。
笑顔が増え、日常生活も楽しそうに過ごしている。
だから。あかりを『愛しい』と思うままに、彼女を大事にしても良いのではないか。
聡一はそう考え出した。
出来るなら。愛しい人を触れたいと思った。
ただ、四月一日は駄目だと思った。
四月一日は、あかりにとって大事なものが無くなる日であり、『嘘』になる日だ。
その日が過ぎたら、あかりに想いを伝えよう。
聡一はそう決めた。
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