未定の夢

km黒

タイトル未定


 これは六年前の話になるんですけど、その日は何かのイベント合宿が田舎の方で開催されて、それに私は参加したんですよね。

 まあ、そのイベントは知名度も低くて参加人数も少なかったので当然と言えば当然なのですが、古びた建物で外壁にはいくつものひびが入っていて、階段の手すりには赤茶けたサビがこびりついていたんですよ。六階建てのその宿舎は、合宿や学会のために学生たちが泊まる場所として長年使われてきたらしかったのですが、どこか薄暗く不気味な雰囲気が漂っていて人がいないときの建物は、まるで忘れ去られた廃墟のように静まり返り、時折吹く風が窓枠を揺らし、軋む音だけが聞こえてくる。

 そんな建物だったんですよね。


当時は「こんなところに一日泊まるのは気が進まないな……」

と不安を抱きながらも、私は荷物を持って六階の寝室へと……と言っても障子で後から仕切られた部屋が階段の手前から並んでいただけなんですよね。とにかく階段から一番手前の部屋に足を運んで荷物を置いた後、イベントに参加したんですよね。イベント中の昼間はそれなりに明るかったんですが、夕方になると建物全体が急に冷え込むように気温が下がり、周りの古い木造の建物がさらに寒々しく感じられたんです。私は一階の風呂に入った後、屋上のコインランドリーに服を突っ込んでから部屋のベッドに横になったんでよ。少しだけ昼間のイベント疲れを感じて案の定、まぶたが重くなってそのまますぐに寝入ってしまったんです。


どれくらい眠ったかは覚えていないんですが、目が覚めると、寝室の外から妙な気配を感じたんです。部屋は真っ暗だったから、廊下側の障子に何かがこちらを見ているような、奇妙な感覚というか気配がしたんですよね。寝ぼけた頭で障子の方に視線を移したところで完全に固まってしまったんですよね。

 

そこには、階段の影から腰から上だけの男が、じっとこちらを見つめていたんです。


薄暗い廊下の中で、男の姿はぼんやりとしていて、目だけははっきりとこちらを捉えて目が合ってしまったんです。無表情のまま、何かを言おうとしているわけでもない。ただ、立ち尽くし、見ている。


一瞬、何が起きているのか理解できなかったけど。これが現実なのか、夢なのかも分からず、ですが全身に鳥肌が立つのは確かに感じたんですよ。


 確かに最初は

「なんだ、あれは……」と思いました。


動けないまま、男と視線を交わす。その瞬間は私にしてはまるで何時間も見合っていたような感覚から、何かから逃げなければならないという本能的な衝動に駆られて、すぐにその男について考察するのは止めました。


 ベッドから飛び起き、障子を勢いよく開け、男を無視して階段を駆け下りたんです。恐怖に背を押されるようにして、一階へと向かい、出口のドアを開けて外に飛び出しました。


冷たい夜風が顔に当たり、外に出た安心感が一瞬だけ心を満たしてくれました。しかし、その安堵はすぐにかき消され、背後から何かが追いかけてくる気配を感じたんです。


 「まさか、あれが……追ってきてる……?」と思って振り返ると、下半身のない男とは別の、二メートルは優に超える黒い人影が、こちらに迫ってきていた。無言で、ただ私を見つめながら……。


 え?何でそんなに動けたって?それは貴方と同じように夢だったからですよ。

 続きを話しても良いですか?

 OKそれじゃあ話ますね。


私は全力で走ったけど、その気配はぴたりと私の背後に付きまとっていて。息を切らしながら、どこへ逃げればいいのか分からず、田舎を出て暗闇の中をさまよい続けた。そして、振り返ったらその人影がすぐそこにいたんです。


そこで目が覚めました。


汗が額を伝い、心臓が激しく鼓動していて、私はまだ六階の寝室にいた。その時は「夢だったのか――いや、夢にしてはあまりにも鮮明だった」と思いましたよ。窓の外はまだ暗くて、私はゆっくりと起き上って階段側の障子を見つめました。


ドアの向こう、階段の陰から、またあの男が見ていたんです。


夢ではない。この異常な感覚が現実だと確信した瞬間、私は再び飛び起き。建物を出なければならない。部屋を飛び出し、再び階段を駆け下り、外に出て、再びその建物から逃げなければならないという衝動に駆られたんです。


その後、私は二度目のその建物の脱出を果たしました。

 翌日、それもまた夢だったようで目を覚ますと、イベントの片付けが始まっていて、片付けが終わる頃には他のメンバーが続々とやって来たんです。メンバー達には夢と男の話をしても、誰にも信じてもらえるはずがない。そう思って、その日は夢の話をしませんでした。あの人影が部屋の片隅に、あの男が階段にいたのは、私一人にしか見えなかったから


 


それから六年が経った現在。私はこの町に二度目の訪問をすることになった。宿泊していたこの施設は、今では貴方の知る通り児童養護施設に改装され、以前の面影をほとんど残していないという。しかしながら、私はあの六階の悪夢を今でも鮮明に覚えていて貴方に話しています。あの男の姿、虚ろな目、そして追いかけてくる気配……それらは今でも私の記憶に焼き付いているんです。


施設が変わったとはいえ、私は不安と焦燥に駆られながらこの建物を再び訪れました。子どもたちの笑い声が響く明るい施設になっているが、私の中には消えない記憶があった。


はい。今も「もう大丈夫だ、あれは過去のことだ……」自分にそう言い聞かせながら、施設の職員に案内されて、この応接室に居るわけです。


 ですがさっき、六階へと続く階段を見上げた瞬間、心臓が凍りつきました。


そこに、あの男がいたんです。


建物の雰囲気がどれほど変わっても、あの男だけは変わらずそこにいた。下半身のないまま、私をじっと見つめる虚ろな目。

やはりこの町に来るべきではなかったのか?あの男は、この町のこの建物に縛り付けられているのだろうか? それとも、私だけがこの町に縛られているのか?


施設の外でも背後の視線を感じました。あの悪夢の男が追いかけてくるのではないかという不安が頭から離れなかった。今度こそ、助からないのではないかという不安が拭いきれないでいます。


誰に言っても信じてもらえないだろう。けれども、私は知っている。貴方は知っている。あの男の姿は、私が忘れたくても忘れられないものとなり、これからも私の心を蝕み続けるだろうということを。


 はい……はい……。あれらから逃れる方法ですか?簡単ですよ。この町から出ることです。


 言っていませんでしたが、合宿の後にイベントメンバーともう何度か会う機会がありましてね。その時に聞いたんですが六階で寝ていた人は皆同じ夢を見ていたそうなんです。


 けれど夢の中で逃げ回ったのは私だけだったようで夢から覚めた後の現実で男を見かけたが六階の階段から動くこともなく施設を出てから、そう言った心霊現象に会うことはなかったみたいですよ。


 そうなんです。逃げると人影も追加されしかも町に居る期間はずっと追ってくるわけです。なので階段の男のみならこの施設を出るだけで大丈夫なんですよ。普通なら。


 けど、貴方はそうじゃ無いのでしょう。


 はい?ああそうなんですか……。可哀想ですね。夢で逃げ回っていないのにもかかわらず、私と同じ症状が出ていると。


 まあ、でも町から出るだけで当別な儀式も必要なく彼らから逃れられるのですから大したことはないでしょう?


 それはできない?何故ですか?貴方はただの職員なのだから転職すれば良いだけだと思うのですが。


 なるほど。子供達とこの職場に愛着があって離れられないと……うーんどうすればいいんでしょうね。



 そうですね。解決策を考える前に六階に行っても構いませんか?


 何故かって?まあ、普通に何もしてないのに私と同じ状況になるのは何かおかしいわけで、もしかすると私とは全く別の何かに遭遇した可能性があるかもしれませんからね。


 あー今は高学年女子の寝室になってるんですか……。いえいえ何でもありません。それじゃあ一緒についてきてくれますか?



 なるほど完全に壁になっているんですね。貴方はここで睡眠をとったことはありますか?無いんですね。おかしいですね。条件は六階で寝ることではないのかもしれませんね。ここで睡眠をとっている学生さんには私や貴方のように人影を見たと言った相談はされないんですか?


 無いんですか……ははは、もしかすると私の知ってる者とは全くの別物かもですね。


 聞いて見いて大体は分かりましたよ。まあ私はただの一般人ですから自力で解決できそうにないのなら、こういうのは専門家に任せた方が無難に収まると思いますよ。


 そうなりますね。一度町を出てみて確認するのもありですよ。まあ彼らがそれで許してくれるかは分かりませんけど。


 車なら出しますよ。ここへ来る時は車で来ましたのでトンネルを抜ければすぐに出れます。


 一度試してみるんですね。はい……分かりました。それでは行きましょうか。




 町を出ましたが何か変化はありましたか?

 その様子だとまだ見えるようですね。そこの白いワンピースを着た女性ですか?なんだ職員じゃなかったんですね。てっきり職員か引き取っている子供だと思っていたんですが……ああいうのは無視して大丈夫ですよ。


 もう夕方じゃないですか。このまま外の町で一夜を過ごしたら離れるか試しますか?


 まだ仕事が残っているんですか……残念です。それじゃあ戻りますか。


 


 もう一人のトンネルの中に居た汚れた洋服を着た人を無視して私はそのままその方を送ってから家に帰りました。


 他の職員から後日聞いた話ではそのまま精神に不調をきたして隣町の大型病院に入院していると聞きました。まあ私の方は何事もなく家族が増えた意外のことは特にありませんでした。


 一通り話終え、疲労した喉に店から出された冷え冷えのコーヒーを流し込み一息つく。回想はこれで終わり昼食のハムサンドイッチを注文する。


 わざわざ怪談話をして欲しいと頼んできた時は物好きもいたものだと思いましたが……なるほど雑誌ライターのような仕事をされているんですね。


 でしたら次はその町を訪れる予定ですか?

 まあそうですね忠告と言いますか。何かに言うことがあるとすれば施設だけでなく町全体がおかしいとだけ言っておきましょうか。


 それはですねその六階建ての施設以外の建物はそのままなんですよ。田舎というのもあると思いますがそれにしては不自然でして、町に存在する民家、塀、木、蔵に至るまで全く変化していなくて、変化しているのは畑とその建物ぐらいなんですよね。ですから町へ行く際は、施設だけでなく町にいる限り決して、見えないものに近づかないようにして下さいね。


 その後は対価として貰った五千円で支払いを済ませて狭くなった家に帰った。

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未定の夢 km黒 @kmkuro

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