第5話 しんどい時は、手をあげる

事業所での仕事が4時間に増えたことで、少しずつ体力がついてきた気がする。それでも、どうしても気分が乗らない日や、体が重くて動かない日がある。そんな時は、無理せずに「手をあげる」ことを心がけている。


「手をあげる」というのは、職員さんに「今日はしんどいです」と伝えること。別室で休むための合図だ。初めのうちは、手をあげることに少し抵抗があった。自分だけがサボっているような気がして、他の人に迷惑をかけるんじゃないかと思っていたからだ。


でも、事業所では「自分の体調や気持ちに正直でいること」が大切だと言われる。無理をして頑張りすぎると、後で体調を崩してしまったり、心が追い込まれてしまったりすることもある。それよりも、早めにサインを出して自分を守ることが大事だという考え方を、職員さんから教えてもらった。


ある日のこと、その日も体が重く、朝から何もやる気が起きなかった。シール貼りの作業をしていても、手がなかなか思うように動かず、集中力もすぐに切れてしまう。やる気を出そうと頑張ってみても、どこか空回りしてしまい、失敗ばかりだった。


「今日は、しんどいかも…」と心の中で呟きながら、ふと顔を上げると、職員さんがこちらを見ていた。「大丈夫?」と聞かれた瞬間、僕は思わず「しんどいです」と答えた。


職員さんは優しく頷いて、「じゃあ、少し休憩しようか」と声をかけてくれた。その言葉を聞いて、僕は少し安心した。別室に移動し、柔らかいソファに腰を下ろすと、心がじわじわと解放されるのを感じた。


別室は、ほっと一息つける静かな場所だ。窓から差し込む柔らかな光が、壁にかけられたポスターを照らしている。僕はしばらくその光をぼんやりと見つめながら、深呼吸を繰り返した。疲れが少しずつ体から抜けていくのを感じると、心の中の不安も和らいでいった。


その日は、しばらく別室で休んだ後、午後の仕事に戻ることができた。完全に元気が回復したわけではなかったけれど、体と心が少し軽くなったような気がした。職員さんに「無理しないで、自分のペースでね」と言われた時、やっと少し肩の力が抜けた。


それ以来、僕はしんどい時には「手をあげる」ことに抵抗を感じなくなった。自分を守るための行動だと理解できたからだ。無理をしないで、自分の体と心の声をきちんと聞くこと。それは、僕にとってとても大切なことだと思うようになった。


もちろん、すぐに全部がうまくいくわけではない。休んだ後でも、体が重い時はあるし、仕事に集中できない時もある。でも、自分を責めないように心がけることが大切だと気づいた。どんな日でも、無理せず少しずつ進んでいけばいい。


「しんどい時は、手をあげる」。それは事業所でのルールの一つだけれど、僕にとっては「自分を大切にするための合図」でもある。これからも、自分のペースで、無理をせずに過ごしていきたいと思う。


(第5話 終)

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