一寸法師

 むかしむかし、一寸法師という背の丈が一寸ほどの小さな男がいた。彼は関白の館に奉公に出たていたが、いつも体の小さいことをからかわれ、いじめられていた。

 ある日、彼は関白に呼び出された。

「このたび鬼村に鬼たいじに行くことになったが、そなた、一緒に行く気はあるか?」

「鬼退治ですか」と一寸法師はバカにしたように言った。「ずっと思ってたんです。どうして関白殿はあの鬼たちを放っておくんだろうって。だってご自分の荘園でしょう? 私だったらすぐに行ってとっちめてやるのに」

「そこまで言うなら、そなたが一人で行けばよかろう」

「まかせてください。鬼を退治したら姫様を嫁にくれますか?」

「よかろう。鬼を退治できたらな」

 一寸法師は数人の家来だけを連れて鬼村へとでかけた。

 道中、一寸法師はふと、関白が「鬼退治」と言ったのか、それとも「鬼胎児」と言ったのかという唐突な疑問が頭によぎった。考えれば考えるほど、その疑問は一寸法師の中で大きくなり、今回のこの遠征の目的にも関わる重要な問いであるようにおもわれた。

「おい」と彼は家来の一人に訊ねた。「関白殿は『鬼退治』と言われたのか、それとも『鬼胎児』と言われたのだろうか」

「さあ。わたしはその場にいなかったので、分かりかねます」

「うむ。どうしよう」と一寸法師は考えた。「そうだな。まず村人に『胎児はいかがですか』と訊ねてみよう。それで、やつらがわけが分からず口を開けてぽかんとしているようなら、すぐさま鬼退治に切り替えればいいのだ」

 さて、鬼村につくと、そこは人の住む村だった。村ではあったが、一寸法師はそのあまりものさびれ様に驚かされた。家はみなみすぼらしく穴だらけ、屋根も長く修理していないらしく雨漏りがして家の床には水たまりができている。村人が着ているものもボロのようで、鬼というよりも、まるで打ちひしがれた妖怪のようだった。

 一寸法師たちは村の庄屋に連れて行かれた。

 庄屋の屋敷はさすがにどっしりとした立派な構えをしていた。奥の座敷で庄屋の鬼村菊蔵と向かいあった一寸法師は開口一番、「胎児はいかがですか?」と訊ねた。

「胎児とな?」鬼村菊蔵はカッと目を見開くと、周囲の者に「すまぬが法師殿と二人きりにさせてくれ」と言って人払いをした。

 二人きりになると、鬼村菊蔵は一寸法師にこう語った。

「われわれ鬼村の者は、いにしえより鬼として呪われ、疎まれ、差別されてきました。ところが古い言い伝えの中に、『小さな人が来たりて胎児を請う。その人、胎児と語りあうべし』とあります。きっとあなたのことに違いありません」

「それで、その胎児というのはどこにいるのですか?」

「ここにいます」と菊蔵は着ている着物の前をかき分けて腹を出した。すると菊蔵は急にぐったりとして、顔色がまるで死人のような灰色になり、冷や汗をかき始めた。そして、しばらくウーム、ウームと苦しそうにうなったが、やがてガクリと頭を落として気を失った。すると、菊蔵の腹にその胎児がいた。胎児は菊蔵と一体となり、菊蔵の腹のくぼみに埋まりこんでいて、その顔も目も灰色をしていた。

「あなたが一寸法師ですね」とその灰色の顔は大人びた口調で話しだした。「聞いてください。われわれ鬼村の者は、ある身分の高い貴族の落としだねの血を引く一族なのです。ところが我々の曽祖父に当たる人が、ある日狩りのときに見つけた若者を家来にしました。その若者は祖父と兄弟のように仲良くなって曽祖父も喜んでいたのですが、そのうち妙なことが起きるようになりました。役所に提出しようと準備していた書類が急になくなったり、都ともつながりのある親戚筋の男が急死したり、ということが立て続けに起き、そしてある日、われわれ一族を運命のどん底へと落とし込み、二度と消えぬ呪われた印をわれわれに刻むことになったある出来事が起きたのです。それは都での勢力争いに関わるものでした。曽祖父は普段からできるだけ都での抗争に巻き込まれぬよう、常に慎重にことを運び、どちらからも決して目をつけられぬよう細かな配慮を欠かさなかったのですが、それが突然、ある有力な貴族からあらぬ疑いを受けたのです。われわれは人を都に送って釈明をしようとしましたが時すでに遅く、曽祖父と祖父は島流し、庄屋としての地位も、それまでに認められていたさまざまな特権もすべて奪われてしまったのです。そして、どうやらわれわれを罠にはめたのはあの曽祖父が取り立ててやった若者らしいことが分かってきました。なぜなら、彼はそのあと都へ登り、われわれを貶めた貴族に取り立てられて出世していったからです。男はどうやらわれわれの血筋を横取りし、われわれではなく彼こそが高貴な血を引く一族の末裔なのだというでっちあげを、その貴族に認めさせてしまったのです。その男の孫があの現在の関白なのです。彼は先祖からの方針をそのまま引き継いでいて、われわれを困らせ、われわれの力を削ぐことならどんなことでもためらいません。彼はわれわれの村に鬼村という名前をつけ、そこに住むわれわれのことは鬼と呼び、いくらわれわれを虐待してもかまわない、人としてあつかうことはないとふれまわり、周囲の人々に信じ込ませようとしているのです」

「それで、わたしにどうしろと言うのです?」

「昔のことは申しません。ただわれわれを普通の百姓として生きていけるようにしてほしいのです。だが、そのためにはまずあの関白を倒さねばなりません」

「関白を倒す……わたしにできるだろうか?」

「あなたの体を元の大きさに戻してあげましょう。そうすれば関白を倒すのなんて簡単ですよ」

 胎児はその場ででんぐり返しをするようにして菊蔵の下腹部に潜り込むと、ぐるりと一回転をしてまた顔を出した。見ると、細い手におおきな槌を持っている。

 胎児は低くゆっくりとした声で唱え始めた。

「おおきくなーれ、おおきくなーれ、もっともっとおおきくなーれ……」

 すると一寸法師の背丈はみるみるうちにおおきくなった。まるでキノコの成長を早回しのビデオで見るようだった。

「もすこしおおきくな~れ。ん? ちょっと戻れ。そこでストップ」

 六寸の背丈になった一寸法師に率いられた鬼たちの軍勢は、深夜、関白の屋敷を取り囲んだ。いざ攻撃をかけようというそのとき、一寸法師はいきなり菊蔵の腹を槍で刺し貫き、殺してしまった。それに続けて、呆気にとられている鬼村の仲間たちを一寸法師は次々と斬り殺し、物音に気づいて縁側に出てきた関白に言った。

「鬼どもをたばかって退治しました。約束通り、姫をいただきます」

「そなたは誰じゃ?」

「私です。一寸法師です」

「そなたは一寸ではなかろう。そなたのような者をわしは知らぬ。曲者じゃ。であえ、であえ」

 こうして六寸の背丈になった一寸法師は、その名実に齟齬をきたしたため関白にたばかられ、征伐されてしまったとさ。

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御伽草子 荒川 長石 @tmv

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