箱ーTRICK BOXー

讀月 彗

箱ーTRICK BOXー

珍妙な箱が1つ。

僕の膝にちょこんと鎮座している。

箱はどこかのデパートの包みに似ていて、大きさは誕生日に食べる小さめのケーキ位、そしてかなりの軽さだった。


ごくりと喉が鳴る。

僕は箱にそっと手をかけた。


--の箱だよ!

「幸せの箱! 兄さん1つ買ってかない?」 滑稽な道化師の格好をした男に、夕焼けグラデーションで色付いた路地裏で声をかけられたのが2時間前だった。

そんな胡散臭い物は要らないと断ろうと口を開きかけた時だ。

「損はしないし、させないよ! それにたったの500円! ワンコイン!」

少しだけ心揺るいだが、やはり胡散臭い物には払えない。歩く速さを上げた、するとすぐ耳の傍で囁かれた。

「望みは全て貴方のものですよ。お兄さん」

つい立ち止まり、耳を傾けてしまった。

不幸続きなだけに『望み』を叶えたかった。 そして道化師の夕焼けより赤い大きな口から紡がれる甘い言葉に、僕はなけなしの硬貨をポケットの中で握り締めた。

そして今、宵闇迫る薄墨色に染まる公園のベンチに座っていた。

珍妙な箱が1つ、僕の膝にちょこんと鎮座している。

「いいかいお兄さん、この箱は、幸せが詰まった不思議な箱だよ。でも、いきなり開けちゃあ、何にも意味がない」

道化師の赤い口が幻視のように目の前をフワフワと飛び回る。そして『箱』を開ける為の約束が、頭の中で呪文のように繰り返された。

出来るだけ沢山望む事。

信じながら祈る事。

僕は願った。

とにかく沢山の望みを箱に呟いた。

仕事が欲しい。

恋人が欲しい。

お金が欲しい。

次々と望みが湧いて来た。有り金をはたいたのだからと、願いは止まらなくなった。

ごくりと喉が鳴る。

そしてゆっくりと箱を開けた。

その箱の中に……

鈍く光る硬貨が1枚。

500円玉が光っているのが見えた。

ただそれだけだった……

僕は騙されたと、硬貨を握り締め箱を叩き潰した。

「あぁぁ」

僕の叫びが闇に吸い込まれると公園は静かになった。 そして、変わりに道化師の悪戯な笑い声が降って来る。

「お前の願いは、お前のだけの物だっただろ?」

「望みは全て貴方のもの。そう言ったはずだ。」

「それに金は返した、損はないだろ?」

硬貨を握り締める僕に道化師は囁いた。


「人の不幸は蜜の味」

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箱ーTRICK BOXー 讀月 彗 @yomitsuki13

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