第9話

ノアは無言でルイを見る。


背丈は女にしては大きく男にしては小さいがスラリとした手足が大きく見せている


「おやめくださいませ」


ルイはわずかな荷物の入ったトランクと布袋を持つとやはり無言のままでノアの手を引き馬車まで戻った。


「乗れ」


「!」


「早く! 手荒な事はしたくない」


「意味がわかりませんわ! おやめになって」


「意味が? わからぬと申すか? このルイがお前を買ってやる。と言う意味だ」


「え?」


「髪だけでなく、おまえ丸ごとだ。丸ごとこのルイに売れと言っている」


「……」


「よいな」


「よくありません」


「お父上は、そこの病院におられるのであろう」


町には入院できる病院は目の前にある建物だけだ。



「……それがなにか」


「そうか」


「そう、です」


「医者代を出してやる」


「で、でも」


「オマエに支払えるのか?」


「……」


「こんな場所で歌って稼いだ小銭じゃ薬代にもならんだろう」


「それはそうですが……そ、それは貴族様のお宅で雇ってくださると」


ノアはメイドでも何でも仕事につけるのならと様子をうかがった。

もしそうすれば、父の見舞いにもいけるであろうし医者代も何とか払う事ができるだろう。


「貴族様か……っふ……どうかな」


ルイはそう言って笑うと言った。


「ほかに何があると言うのだ? どうせ住むところもないのだろう。ルイに仕え、そしてお父上の病院に通えばよい、この辺りは治安もよいほうではない。お前などすぐに男どもに食われてしまうだろう」


「食われて」


「そうだ。文字通りという意味でもな」


反論しようにもできず俯く。


「私はお前を買ったのだ……オマエは寝床と服と食い物を与えられ、父上の病も診てもらえる。悪くない条件だろう?」


ノアには頷くことしかできない。


ルイの言う通りだったのだ。


どこか飲食店で働こうにも宿無しには無理な話で、もう身売りをするしかないと思っていたのは事実だ。



ルイは馭者の男に荷物を渡した。


「病院の入り口まで参れ」


「承知しました」


「早く乗れ、ノア」



何とも言えない声の響きに、おずおずと馬車に乗り込んだノアは胸につけた母の形見のメダイを握るようにして祈った。

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