第45話
「完璧な人間なんて、そもそもこの世に存在しないからね。この広い地球上どこを探したってそんな人間はいないさ」
俺の腹の中を全て見透かしたように笑いながら魔女猫は笑った。
「……」
「猫から見たら、元々の人間は完璧な人間なのかも知れないがね。体が猫に戻らないというだけで、完璧なんてもんじゃないよ。そもそも……人間なんて猫よりよっぽど低俗なのさ。野良猫も家猫も、まっすぐに生きているからね。猫としてまっすぐに……そうじゃないかい?」
魔女猫は煙管を指先でクルリクルリと回した。
「言いたいことも我慢して、感情を抑えて。まぁ、人間たちは理性とかモラルとかね、そういった言葉で括るけど……確かに、それがなくなっちまったら秩序は乱れまくるだろうしね。猫の世界にもルールはあるからね……だけど、猫のそれとは違うだろ?
人間なんて、みんなどっかしら欠陥があるんだよ。だから、誰かと一緒にいたいんだ。寂しさだったり欲望だったり、自分に足りない何かを誰かで補って生きてるんだよ」
「……補って」
「そうさ。……オマエ、人間になって思わなかったか? 誰かを愛しいと思えば思うほど、自分の不甲斐なさに気が付いて、このままでいいのか? 自分はこの相手にふさわしいのか? なんて思ったんだろ?」
図星の言葉に俺は思わず頬を染めた。
「図星か? ホホホホ! そうやって思うってのはオマエの心はもう人間って事なのさ。でも、体がまだ人間じゃない……だから迷う。自分はここに居ていいのだろうか? こうやって過ごしていて、こんなに幸せで……こんなはずじゃなかったってパターンもあるけどね。そんな所だろ?」
魔女猫はどこからともなく赤ワインを取り出すとグラスに注いで月明かりにそれをかざした。
「まぁ……大抵の猫はそうだね……明け方に猫に戻るさね、でもそれも月日を重ねたらその期間が長くなる。毎日が3日に1度。それが週1になって月1になって……年1。数年にって、だからこの世をどこ探しても完璧な人間になったネコはいないし。完璧な人間もいないって事だ」
俺は大きく目を見開いた。
「なんで最初にそれを……そうしたらこんなに」
「なんでって? オマエはバカなのか? あのレイって小僧の方がよっぽど順応性があるというか賢いのかもねぇ、半端に知識があるとこれだから困る……そんなもん、言われてああそうかと思うより、自分で経験して感じて行かなきゃ身にはならないからね。要するに魔法ってのは、習得するのに時間がかかるのさ」
「……魔法?」
「そうさ、そうやって日々を重ねていく事でアンタという人間が出来上がるんだ。魔法はあくまでも補助だからね」
ユキの言っていた事を思い出した。
「さぁ、用は済んだだろ帰っておくれ」
「え?」
「聞きたい事はもうないだろ?」
「……いや、まって」
「そんなに暇じゃないんでね……来るべき時があればまたお月様がアンタをここへ連れて来るさ。月への感謝を忘れずにね」
魔女猫はひらりひらりと手と尾を振った。
グラっと目が回ったように足元と猫脚の灰皿が歪んだ。
「!」
はっとして顔をあげると、ジジジっと街灯に群がる蛾が羽ばたいていた。
「……」
洋食店の厨房の入り口に立っていた俺は辺りを見回した。
「……はあ」
大きなため息をついてもう一度辺りを見回す。
さっきまでいたはずの廃墟からここまでは随分あるはずだ。
「……来るべき時があればまたお月様がアンタをここへ連れて来るさ……か」
そう呟きながら月を見上げた。
「月に……感謝を」
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