第44話
しばらく横になって雲を眺めた。猫だった頃はこんな風に毎日のように時間など気にせずに雲の行き先を見ていたりした。
フッと気がつくとお日様は随分と傾いてオレンジをこぼしたような空の色に変わっていた。
久しぶりに昼寝をしたと思いながら大きなあくびと猫ではない伸びをして起き上がる。
同じ寝起きと言っても今はビリビリもなく、やっぱりあの明け方の時間帯に戻るのかも知れない。
俺は階段を降りて下のキッチンでユキとレイの分も簡単な夕食を作るとそれを食べながらニュースを見てキャスターの横にすわる環境評論家だかなんだかのオッサンは元猫だろうと思っていた。
こうして見るとテレビや町でも『元猫』というのは意外に解るもので、こんなオッサンでもわかるという事は俺なんかはまだまだ時間をかけなければ完璧な人間にはなれないという事なのかも知れないと思って画面を眺めた。
「あ。ハルさん、今日の晩御飯はロコモコ丼ですか! やった、旨そうだ」
「ああ。店閉めたら2人で食ってくれ」
「うん。助かります!」
レイはそう言いながらお茶を出して飲んだ。
「昨日の……花火は、どうでしたか?」
「……ああ。まぁ」
「……もしかして大人な関係になっちゃいましたか?」
俺は吹き出した。
「大人な関係って、ぶはは! なんだそれ」
「いやぁ直球でいうのもどうかと思ったんでオブラートに包んだんですけど……人間用語で言うのが何か恥ずかしくて」
「そっか、そっか……すまん。いや、残念ながら大人の関係にはなってないな。ただ一緒に寝ただけだ」
「本気ですか?」
「……お互いに相当飲んでいたしな。特に蜜さんはな。だから、そんな状態で抱くのはな」
レイは感心したように腕組みをした。
「ハルさん紳士ですね」
「そんな事はないだろ? ただ自己防衛だ」
「歯止めが利かなくなったりって事ですか?」
「それならまだいいが、酔ってやって果てての無防備な時に急に猫に戻っても困るしな」
「……ああ」
レイは納得したように頷いて言った。
「ユキから聞きました。猫に戻る前のビリビリの事」
「ああ……うん。オマエはないか? そうなった事」
「……大抵寝ている時間帯に戻ってるみたいだし……あ、でも一度、朝方にトイレに行ったら、ものすごい眩暈がして気絶したのかと思ったら猫に戻ってて……でも、すぐに人間に戻ったんですけど、確かにその時は腕がジンジンしてて気持ち悪かったな」
レイは思い出したように言うと何度も頷いた。
「難しいことはよくわかりませんけれど……これだけ世の中に元猫がいてもなんてことなく回ってるのって、きっとお月様が上手くやってくれてるんだと思います」
「……そうかもな」
「月に感謝を……です」
レイはそう言うと店に戻った。
月に感謝……そういえば、この所忙しさにかまけて寝る前に月への感謝を忘れていたかも知れないと思いながら出かける支度を始めた。
支度と言っても着替えて顔を洗って歯を磨くぐらいだ。セットするほど髪も長くもないし、化粧をするわけでもない。
「……」
歯を磨きながら鏡に映った自分……いやピアスの色を見て驚く。キラキラと深い黄色に輝いていたのだ。
「……すげえな」
俺はユキに貰ったシリコン型を紙袋に入れるとゆっくり歩いた。
気が付くと足はあの廃墟に向かっていたのだった。
「いつ来ても……気分がいいとは言えないな」
そうあえて声に出しながら屋敷のドアを開ける。
「久しぶりだね」
どこからかした声に驚いてブンと大きく振り向く。
「そんなに驚くなんて、失礼な男だね」
魔女猫はクククと笑った。
「何の用で来たのか解ってるよ」
いつの間にか用意されていた応接セットに座らされると、魔女猫は煙管に火をつけて煙を吹きだした。
「アンタも煙草を吸うなら、どうぞ?」
「……ああ」
目の前に猫脚の台座の灰皿が置かれている。
「……完璧な人間になりたいのかい?」
「……」
「残念だけどね、それは無理な相談だねぇ」
俺は驚いて顔をあげた。
「だ。だって、これだってこんなに」
魔女猫はピアスを見てうんうんと頷いた。
「アンタは、いい人間になれるさ」
「でも、無理って」
「そう。無理」
「……どういう意味なんだ」
煙管の灰をトンっと灰皿に落とすとホホホホと高く笑った。
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