第43話

シャワーを出るとユキが休憩をしていた、俺は朝感じたビリビリの瞬間を話した。


「ああ……そうね……私は最近は、3日に1度くらいの間隔で猫に戻るんだけど、上手くそのタイミングが解れば蜜さんと暮らすこともできるんじゃないの?」

「蜜さんと暮らすだって?」

「そうよ。折角、やっと恋仲になったんでしょ? すぐにとは言わないけれど……いつか、そうなったらいいじゃない?」


 俺はドキドキとしてユキを見た。


「猫魔女の……あの廃墟に言って聞いてみようかと思うんだが」

「……何を?」

「何って……それもよくわからないけど、俺はどうしたいのかもよくわからないんだ。勿論、このまま蜜さんと一緒にいたいし、今のままで充分すぎるくらい幸せなんだが」


ユキは大きくため息をついた。



「好きになりすぎて、このままでいいのか不安になったってヤツね?」


俺は顔をあげた。


「言うのも言わないのも……自由だと思うけれどね。勿論、素直になる事や正直になる事はいい事だろうと思うわよ。猫は基本的に素直な生き物だしね……感情のコントロールは割と……いやはっきりいってヘタクソだと思うし」


ユキはうんうんと頷いた。


「でも、人間になりかけているからこそ悩んでるのよ。きっと脳というか心が猫のままだったら、自分はこの辺りのボスネコの黒猫でしたって言ってしまってるわ」

「それは……魔法で心も人間になってるからコントロール出来てるんじゃないのか」

「ハルさん……魔法はあくまで補足なのよ?」


ぼんやりと蜜さんの顔が浮かぶ。


「……うまいこと言えないけど……このままでいいんだと思うわ。いつになるか解らないけど、きっといつか人間になってこんな風に悩んだ事や考えたことも忘れてしまうのかな? って思うけど、それはそれでしょうがないのかなって思うし……ねえ。ハルさんは、まだ猫たちの会話が聞こえるんでしょ?」


「え? ああ。そうだな」


ユキはそう言いながら窓を開けた。


そよそよとカーテンを泳がせて午後の風が部屋に入ってくる。


「そこがターニングポイントなのかも知れないわ。私も戸惑ったもの……でも、集中しないと猫の会話が理解できなくなってる自分に気がついたら、ここを抜けられるかもね?」


俺は「そうか」と言って笑った。


「……そうなのかも知れないな……色々無駄に考えすぎていたのかもしれん……蜜さんは、あの男にも、黒猫の俺にも気持の中でサヨナラしたってのにな、俺は女々しいな」


「フフ。男の方が実は女々しいんだってよ?」

「ああ。ユキはそこらのオスより勇敢だったしな、好奇心も人一倍だったよな」

「ふふふ。いつだったか皆が怖がってた2丁目のブルドックの鼻っ面引っ掻いて皆をビックリさせたこともあったわね」


「そんなことあったな! ははは!」


俺とユキは顔を見合わせて笑った。


「ちょっと休んだら、店に行ってくる」

「?」

「明日の仕込みだ」

「そう……ああ。じゃあ、これいらない?」


ユキがおもいだしたように手を叩いて段ボールの箱を漁った。


「お菓子の粉についてくるオマケのシリコン型なんだけど、肝心の品物が売れちゃってね。これだけ多目にあったから余りまくってるのよ」

「オマケ、つけなかったのか?」

「つけたわよ……でも、箱の数よりオマケの方が多かったんだもの」

「……猫」


 猫の顔の形のシリコン型は製氷皿のような形で一度に6個作れるもので冷たいゼリーやプリンにも、ケーキの焼型にもなりそうな大きさだった。


「へえ……優れものだな。これが……5つってことは……30か、いいな。もらう」

「ほんと? 使ってよ」

「ああ……ありがとな」


そう言って階段を上がろうとするとユキが言った。


「いつになるか誰もわかってないんだけど、いいじゃないそれで、気長に行きましょうよ。折角こうやって今があるんだから」

「ああ」

「廃墟に行くなら、それもいいと思うけど……結局答えは自分の中にしかないわよ」

「……うん」

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