第35話

「だ。だって、ハルさんぐらいの腕の料理人だったら欲しがるお店はいっぱいあると思います。だって魔法みたいに美味しいものを作り出すんだもの……いつヘッドハントされてもおかしくないし……うちのお店なんかよりもお給料を沢山出してくれるお店は星の数ほどだと思いますし」


俺は首を振った。


「違うな。……確かに俺の腕は魔法だよ」


そうだ。俺のこの料理の腕は俺が努力して手に入れたものではない、持って生まれたという言葉があるが、それと同じだ。


人間として生まれなおした時に、月から貰った魔法の力だ。


嘘みたいにこなすことが出来るのも全部魔法なんだ。


「だけど……俺は、作りたい店でしか飯は作らない」

「?」

「俺が飯を作りたいのは、蜜さんのいるあの店だけだよ」

「……ハルさん」



 前菜が運ばれてきてコース料理が始まった。

それと同時に花火も打ちあがった。蜜さんの頬を花火の光が染める。


「美味そうだ。ほら、そんな顔しないで食おう」

「はい」

「花火もはじまったな……こんな近くで見ると……すごいな」

「ええ。ほんと、きれい」

「……なあ、心配するな。蜜さんにどっか他所で働いてくれって言われても、やなこったって居座り続けてやるから」

「あはは……うん。はい……ありがとうございます」


フランス料理というのは気取っているイメージがあったが、こういう創作フレンチというのは面白いと思いながらフォークをすすめた。


「こんな綺麗な料理なのに、何をダシで使ってるのか? とか、このムースは何か? なんて考えながら食うから難しい顔になってしまうな……すまないな」

「ふふふ。私も同じです」

「ははは、そうか」


ふたりで、ああでもない、これはあの香辛料だ。といいながら運ばれてくる料理を楽しんだ。


淡々とした時間、他愛もない会話。


人間の生活や楽しみも猫とさほど変わらない。


猫は意外にグルメで、気に入らないものは食わない。

まれに何でも食う下品なヤツがいるけれど、俺の縄張りにはそういう奴はいなかった。


 猫舌なんていうのも嘘だ。


 湯気が上がる鰹節のかかったご飯をだされると、嬉しすぎて喉を鳴らしながら食う猫を知っているし、俺だって猫だった時から温かいものも冷たいものを平気で食べることが出来た。


人間は意外と猫の事を知らないのかも知れない。


「そうそう、昨日の晩、あの黒猫さんに似た子を見たんです」

「……そうか」


それはたぶん違う奴だよ、そう思いながら頷く。


「でも、ちょっと小さかったし。違うかもしれないけど……あの猫がどこかで元気でいてくれたらいいななんて」

「うん」

「野良ネコにこだわって変な女ですよね」

「そんな事はない……あの町は、猫が多いからな。猫の住みやすい町だったから……最近は開発が進んだりで、猫の寝床も少なくなってきてるみたいだがな」


そう言うと蜜さんは、ふふふっと笑って頷いた。

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