第34話

「……なんで礼何かいうんだ」

「うれしかったです。こんな場面で不謹慎だけど、ハルさん初めて私の事。蜜。って呼んでくれましたね」

「あ、あれは」

「かっこよかったです、正義のヒーローに見えました!」


あはは! とおどけたように笑ってみせた蜜さんにそれ以上何かを言うのをやめた。

蜜さんが話してきたら、聞いて答えよう。そう思いながら微笑み返した。


「もう少し、時間があるからお土産屋さん見てましょうか?」

「……ああ」


土産物屋でぬいぐるみやお菓子を見ている蜜さんを見つめながら、さっきの男の事を思い出していた。


また蜜さんを誘って何をしようとしていたのか? 蜜さんが前にはボソッといっていたが、今の蜜さんにも利があると、みなしたのだろうか? それとも、単純に男として美しいものを自分のものにしたいという欲望だったのだろうか?


男の目は怖かった。


禍禍しい光を含んでいた。くちもとは歪んで笑っているように見えるのに、目はまったく笑っていなかった。

色々な人間を見てきたけれど、あのタイプは自分の事しか考えていないのだろう。


蜜さんに視線を移すと、ぼんやりとどこかを見ていた。


「大丈夫か?」

「あ、いえ……やっぱり私は色気がないのかなぁと思いまして」

「……色気?」

「ふふっ、ユキちゃんなんて私より下なのにすごく妖艶でしょう? ほら、あの子達も……さっきの、あの男にも言われましたが、色気ないんですかねぇ」

「そんなことないと思うが」

「ふふふ、ハルさんは優しいのね」


蜜さんはクスッと笑うと化粧室へ行くと言って土産物屋を出た。


「……」


小さなヘアピンには、三日月の下に黒猫の顔がついていてかわいらしいものだった。

俺はそれを買うと、値札をとってもらいポケットに押し込んだ。


「ハルさん! 行きましょう!」


うっすらと化粧をした蜜さんはいつもよりも綺麗で、いい香りがした。



 船の中はホテルのロビーのようだった。


俺たちは黒服のウエイターに案内されたテーブルに座る。

遮るものはガラス一枚の視界に映る海と空は境目がうっすらと赤く、夕焼けの名残をのこしていた。


「綺麗だな」

「ほんとですね」


運ばれて来た食前酒を蜜さんは少しだけ眺めた。


「ハルさん、乾杯しましょう?」

「乾杯……ああ」


グラスを持ち上げると蜜さんは嬉しそうに笑った。


「ハルさんがうちのお店に着てくれて……お客さんも増えて。本当にありがとうございます」

「……いや。俺は」

「できたら、これからもずっとうちのお店で働いてくださいね! カンパーイ!」


カチーンとグラスを重ねると蜜さんは一気に飲み干した。


「蜜さん」

「え? あ。はい」


俺は呆れたように笑ってウエイターに水を頼んだ。


「俺のほうが、蜜さんの店にいつまでもいていいのか? って言いたいぐらいだったのに、先に言うのは反則だな」

「え」


俺はグラスの中のシャンパンの泡を見つめた。人間じゃなかったら到底こんな船の上にはこれなかっただろうと小さく笑った。

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