第33話
蜜さんはひきつった顔をして固まった。
「久しぶりだね」
そう言って微笑んだ男はカチッとしたスーツを着ていた。
周りにいた同じようなスーツの男達が空気を読んだのか目線で男に合図をして乗船場の出入口に向かった。
土産物屋の横で男は蜜さんに微笑み続けた。
「……いつぞやは、家内がお店まで押し掛けて色々と失礼をしたようですまなかったねわお陰さまでね、市議になったから、今日は仕事でね」
「……そう、ですか」
「あの頃は若くてかわいかったけれど、大人になったじゃないか……きれいになったよ。でもそうだな、口紅とアイメイクはもう少し濃いほうがいいね、それから髪は、どうしてこんなに短くしてしまったんだ? 絶対に長いほうがキミには似合う」
小さな藤のバックを持つ蜜さんの手が小さく震えていた。
「あなたには……もう関係のないことです」
「ははは、これは失礼。だが男として意見しただけさ……今度、良ければお茶でもどうかね?」
「お、お断りします」
「……残念だね。わたしなら、またキミをあの頃みたいに綺麗にしたあげることもできるのに」
俺はあの日の事を思い出した。泣いていた蜜さんを抱き締めることも出来ない無力な自分を思い出していた。
「すまないが、話は済んだか?」
「ん? お連れがいたのか、これは失敬したね」
「アンタさ、どういうつもりで言ってるのか知らねえけど……コイツの名前知ってるの?」
「?」
「キミ、キミって。他にも女がいるんじゃねえの? 嫁のこともキミって呼んどけばうっかり寝言やどっかで違う女の名前呼ぶヘマもしねえもんな」
男は図星を付かれたという表情を一瞬して笑顔を作った。
「ははは、いやいや。失礼したね」
「コイツとどっかで会っても、もう2度と気安く話かけるな」
「……」
「蜜は、俺の女だからな。濃い口紅も長い髪もいらねえんだよ……美味いもんを美味いって言って笑えりゃいいんだ」
蜜さんは俺を見上げていた。
男は大きく目を見開いて、蜜さんにも隙がない事を伺い知ったのかフッと鼻で笑った。
「こんなに素敵なパートナーがいたとはね、あの頃よりも綺麗にたなったわけだ。じゃあ、私はまだ仕事があるから失礼するよ……キミも元気で頑張って」
上から口調でそういった男はクルリと背を向けて行った。
男がいなくなると、蜜さんは大きなため息をついた。
「……大丈夫か」
「……」
「……元彼ってヤツだろ? 出すぎた真似をした。すまなかった」
俺は本当に余計な事を事をしたと思っていると、蜜さんは鞄からハンドタオルを出して目元をぎゅっと押さえるように拭いた。
「ありがとう、ハルさん」
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