第31話
「ちょ! ちょっと、待ってくれ」
「もう! なんですか?」
俺は首を振った。
「すまなかった。……確か、こういう時は女性から言わせるものじゃないとレイとユキに習ったんだ……俺から言わせてくれるか?」
「え?」
「ええっと……デートして、くれるだろうか? その……花火大会に、一緒に行って貰えないだろうか?」
しどろもどろと俺が言うと蜜さんは顔を真っ赤にして少女のようにはにかんで笑った。
「……はい、勿論です!」
俺は休憩室にもなっているリビングでぼんやりとテレビを見ていた。
テレビでは、彗星のように現れた美人で演技派の女優と若手脚本家の熱愛が報じられていてコメンテーターや芸人があれやこれやと言っていた。
女優は隣町の猫だった。
ユキの店に時々やってきて、手料理を作るのだと料理本を片手に買い物をしていくのだと言っていた。
元猫のコミュニティはさほど広くない。テリトリーがそれなりにあるから人間になっても自然と元いた場所の近くに住むのが落ち着くのだ。
だから、芸能人でなくともどこの店の誰とかあの奥さんとかあのサラリーマンと言う括りでも、繋がりがあったりするのだ。
この洋食店にも、そんな繋がりで来るようになった客も沢山いた。
この女優は、血統のある猫で有名なスポーツ選手に飼われていたらしいが、結構をする時に相手の女が猫アレルギーだということで捨てられたのだとユキが言っていた。
女優になったのも、最初はソイツに復讐するためだったという。だが、今はもうそんな事はどうでもいいと言っていたと言う話を聞いていたせいか、テレビの中で笑う彼女の笑顔を見て少しだけ安心をしたりしていた。
この女優もそうだし、周りには自分が元猫だと言う事を認識しているヤツしかいなかった。
誰に聞いても『完璧な人間』と言うものになった、と言うのに会ったことがないと言うのだ。
みんな、ウワサレベルでしか知らない『完璧な人間』と、言うものを1度でいいから見てみたいと思い、俺はれになれるのだろうか? と考えていた。
「……ハルさん?」
「!」
うっかり転寝をしていたようだった。蜜さんの声に飛び上がるように起きて顔を見上げた。
「寝てましたね?」
「ああ、すまない」
クスクス笑った蜜さんを改めて見て首をかしげた。
「浴衣」
「はい、どうですか? 張り切りすぎでしょうか?」
紺地に淡い桃色の朝顔が咲いた浴衣は蜜さんにとても似合っていた。
「綺麗な柄だな」
「母の形見なんです……古いんですけど、おかしいですか?」
「いや、よく似合う……いいと思う」
蜜さんは嬉しそうに笑って、姿見に自分を映すと髪をさっさっと整えた。
「……俺はこの服で悪い……そんなに綺麗な格好をしてるのにな」
「あ! 全然気にしないでください! っていうか、ハルさんはいつも素敵な格好ですよ」」
「素敵? いや、そんなことはないだろ」
「いいえ、シンプルで素敵です……ブランドものを着てそれを免罪符にしてる人よりずっと」
「……そうか」
ふふふっと笑った蜜さんに微笑み返す。
「準備が出来たなら出掛けよう」
「はい!」
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