第30話

「……どうなんですかね。僕は、ユキも猫だったし周りもそういう奴のほうが多いじゃないですか。だから、人間と結婚したりした奴はずっと言わないのかもしれないですね」

「ああ。そうだな」

「でも……死ぬ間際に言ったっていう人……猫がいるってユキは言ってました。最後まで愛しあってたって。だから、それは人それぞれなのかもしれないですね」

「うん」


 今夜は月がぼんやりとしかみえなかった。こういう空の日はなんだか俺を不安な気持にさせた。


「……寝るぞ」

「はあい」


そうは言ったものの、なかなか寝付けなかった。何がどうというわけではないのに、言いようのない不安がモヤモヤと心の底にあった。




「3卓のB、2つあがったぞ!」

「はい!」


 俺があげたランチプレートに蜜さんがサラダを載せて運ぶ。

少し前まで暇だったランチの時間帯はウェイティングが出るほど忙しく繁盛していた。


 ランチは個別オーダーはやらず、A~Cセットの3つしか選択肢がないメニューにした。セットの内容は毎日違う、日替わり方式で客を飽きさせないように考えながら組んだ。


 厨房で作業をするのは俺で、最後の仕上げやデザート、給仕を蜜さんが担当した。作業を分担させることで2人でも店を回すことが出来たし、ランチを3種類しか出さない事でコストも抑えることが出来てあっという間に赤字は解消したのだ。



ランチの最後の客が帰って食洗器がフル稼働する横でフライパンを洗い終えると裏口で煙草に火をつけた。


「ハルさん。お疲れさま」

「……ああ、おつかれさん」


 蜜さんがアイスコーヒーを淹れて持って来た。汗をかいたグラスを受け取ると俺は煙を吐き出して笑った。


「ねえ。ハルさん。今夜はお店閉めませんか?」

「……なんでだ?」

「花火大会があるんですよ?」

「……花火……そうか、もうそんな時期か」


蜜さんはクスクスと笑いながら言った。


「この3ヶ月、定休日も仕込みで出てくれてちゃんとしたお休みもなくてすみませんでした。やっとお店も落ち着いてきたし……明日は定休日だし、どうですか?」

「そうか。気を使わせてすまないな……じゃあ、俺はもう上がっていいと言う事か?」


蜜さんは驚いたように目を見開いて首を振った。


「もう、ハルさんは……レイくんが言ってた通りです」

「レイ? アイツが何か言ったのか?」

「ハルさんは鈍い」

「……俺が? ニブイ?」


ピピピっと食洗器が洗浄を終えて乾燥の行程に入った事を告げる。


「そうです。私、花火を一緒に見に行きませんか? って遠回しに誘ったつもりだったんですけど、遠回しじゃダメですね」

「……そ、か」

「そうですよ。……じゃあ、改めて……」


蜜さんは、コホンと咳ばらいをしてみせた。

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