第24話

「猫なんて、気まぐれで……何考えてるかわからないって、言う人も沢山いるから」


 レイはそう言って蜜さんの瞳を伺うように見た。レイは可愛い顔をしてなかなかの策士だ。


「そうね。でも、あの子は少し違ったのよ。あの黒いニャンちゃんは……何て言うのかしら、すごく静かにいつも見ていてくれるような……そうね。お月様みたいな猫でね……何もしゃべらなくてもいいって言うのかしら、いてくれるだけで安心するというのかしら……うん。言うなら私の彼氏よ」


 ふふふっと笑った蜜さんにケッパーを包みながらユキが言った。俺はすごく驚いていた、レイは嬉しそうに「わお」と言いながらモップを片付けた。


「猫でも人間でも……なんでも。心の彼氏よ、彼女って言える存在って大きいですよね……わかります。事に猫は、太古の昔から人間と寄り添って生活をしてきたので、もしかしたら……人間同士よりずっと人間の心が解ってるかもしれませんね?」


「そうなの。きっとね、あの子は私の気持ちを察してくれていたわ……うん。わかってくれる人がいてうれしいわ……あの猫さんにはちょっとお世話になってね、来ないと気になるのよね。……ユキさんたちも今度、お料理食べに来てくださいね。サービスしちゃいますから!」

「ふふっ、もちろん!」


 挨拶をしてユキに手をふると蜜さんは店を出た。ゼラニウムの花をひとつ散らして猫が花台から降りると俺を見上げてニャーニャーと鳴いた。

「ふふふ、かわいいわね。挨拶していったのかしら?」

「……そうですね」


違う。


あの猫は俺に『今夜は新しいボスを決めるんだ、オマエがいなくなってくれたからな』と、言ったんだ。


俺は蜜さんの1歩後ろを歩いた。

もう、俺の戻る場所はない、そう確信したのだった。



「いつもね、迷ってしまうの。ラブリー過ぎずシンプル過ぎずなランチマットがほしいのよ」


ざざっと音をたててビル風が吹き抜け木立を揺らし、蜜さんの短い髪を少し乱す。


「スゴイ風!」


ふりかえって微笑んだ蜜さんにドキンとする。本当に綺麗だった。

これは、なんと言えば良いのだろうか? 胸がドクドクと脈をうって、それは嫌な感じのものとは全く違う浮かれているようなステップを踏むようなそんなものだった。


「……ハルさんは、こう言う所でデートしたことありますか?」


急にそう聞かれて俺は目を見開いた。猫の俺がこんな洒落た所でデートをしたことがあるわけがない……いや、ある。と、言って良いのだろうか?


仮に、女の子か……いやメスと一緒に食事をするのがデートというなら、したことがあると言うことになる。もっとも、洒落たレストランから出た人間の云うところのゴミと言うヤツだ。まだ生ゴミのようにぬるぬるもしておらず、

悪臭もない残飯は高級な食事といってもいいだろう。


「あると……いえば、あるかもしれん、だが……ないと言えば……ない」

「?」

「仕事? と言うのか……何と言うのか」


蜜さんは少し驚いたように目を丸くしたあとくすくすと笑った。


「何かおかしな事を言っただろうか」

「ううん、違うわ。……そうね、本人同士にその認識がないのにデートと言うのはおかしいわよね」

「……」


俺がどう返事をしていいか考えていると蜜さんは続けた。


「私も、ないのかもしれないわ……学生の頃は、女子高だったこともあるけど、みんなでカラオケ行こうにいったりご飯を食べた事はあるんだけど、働くようになってこういうショッピングモールやデパートなんかに来なかったのよ……そうね。料亭とかホテルなんかで食事することが多かったかしら」

「……接待みたいだな」

「えっ!」

「されたことないから想像でしかないが……接待だとそう言う所に行くんだろ?」

「接待」


蜜さんはクスクスと笑って大きく頷いた。


「そうね。接待だわ。自分に利のある人間をもてなす……そうね。あの頃は、少なからず利があったんでしょうからね」


蜜さんの瞳の奥に言いようのない寂しい光が浮んで消えた。

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