第21話
「ごめんなさい! 私ったらこんなところで寝てしまって」
「……いえ」
俺が首をふるとペコペコと頭を下げた。
「き、着替えてくるので……と」
「何かやっておくことあるなら」
蜜さんは厨房に向かってキョロキョロとして、ジャガイモの段ボールを指差した。
「ジャガイモ! 剥いておいてください。マッシュポテトにするので! あと、今日は玉葱と……す、すぐ着替えてきましゅ!」
「くっ! 焦らなくていい……ごゆっくり」
また頭をペコペコさげて蜜さんは奥に入っていった。くすくすと笑いながら俺はジャガイモの皮を剥いてシンクにはった水のなかに入れていった。
「ほんとに……すげえな」
こんなこと、やったこともないのにずっと長い事やっていた当たり前の作業のように出来る。
「マジでお月様に感謝だよな」
独り言を言いながらイモを剥いていった。キッチンを見回して、どの器具がを何に使うかわかったし、ジャガイモを見ながらレシピが浮かんだりしてきた。
「イタリアンじゃねえけど、ハッセルバックポテトを出したら酒のつまみにもなりそうだけどな」
「ハッセルバックポテト?」
俺が振り向くと、Tシャツの上に普通のエプロンをつけた蜜さんが笑っていた。
「これ、黒崎さんのエプロン。仕込みとかに使って、コックコートと作業ズボンとハーフエプロンはこれね、後でロッカーに入れてね……ってロッカーって言うほどのものしゃないけどね」
俺は黙って頷いた。
「ハッセルバックポテト?」
「えっ? ああ……そんなに手間でもないけど見映えはするから、サイドメニューであってもいいなって」
「うん、そうね」
「でも、イタリアンじゃない」
蜜さんは腕組をして首をブンブンとふった。
「うちは、イタリア料理屋じゃないわ。洋食屋、だから、あり! だそうよ、それ。トッピングでチーズとかあってもいいと思わない?」
「……いいと、思う」
嬉しそうに笑ってシンクを見て驚いた。
「嘘でしょ? 全部終わったの?」
「ここにあった、前口から使ったがダメだったか?」
「黒崎さんスゴイ! びっくり!」
パチパチと手を叩いた蜜さんは俺が剥いたイモをゴロゴロと鍋に移した。
イモを蒸かしている間に、俺は裏口の段差に座って煙草の火をつけた。
「……黒崎さん、そういえば煙草吸うんだね」
「あ。悪い……煙いか?」
「ううん。兄さんも兄さんの奥さんも吸うし平気」
「そうか」
蜜さんは俺にコーヒーの入ったグラスを渡しながら隣に腰かけた。
不思議な感じがした。
いつも、蜜さんがここにこうして座るときは俺達に餌をくれる時だったからだ。
同じ目線で並んで座っているなんて、夢のようだった。
「あーやっぱり来なかったんだ」
「?」
蜜さんはそう言ってトレーに入った鰹節ご飯をダストボックスに入れた。
ああ、ごめんなさい。と、心のなかで叫びながら蜜さんを黙ってみた。
「私の彼が毎晩来てくれてたんだけど、昨日は来なかったみたい」
そうだろうな。
だって、俺はこうして……ここにいるんだから。
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