第14話

「もし迷惑じゃなければ、まかない……作らせてもらっていいですか?」

「……え。いいけど、明日定休日だから大した食材残ってないよ」

「大丈夫です」


 そういって勝手知ったる様子で厨房に入った彼はシャツの袖を捲りながら冷蔵庫を覗いた。


「茹でたけど使ってないパスタ……か」


そう言いながら、オーダーキャンセルになったパスタを出してボウルにあけ耐熱容器にタマゴを割入れてそこに水を注いだ。


「え? お水入れるの?」

「ああ」


 そのまま電子レンジに入れると時間をセットしてスイッチを押した。

 1枚残ったベーコンはアルミホイルにのせてトースターに入れた。

 彼の動作に無駄な動きはなかった。私は思わず彼の横に立って手元を覗きこんだ。


 残った生クリームに牛乳と粉チーズを混ぜて、塩をふり、黒胡椒を効かせるとゆっくりと混ぜた。


 私は改めて彼を見上げた。


厨房の吊り下げの棚に頭がぶつかるほどの長身に小さな顔という体型はモデルさんのようだと思った。


 夜のように黒い髪は短くすっきりと刈られていて太い首筋や綺麗な輪郭が際立って見える。耳に一粒だけはまっている小振りのピアスはダイヤなのだろうか、角度によって透明にも金色にも見えた。


黒いシャツの襟から見える鎖骨が妙に色気があってドキドキとする自分が変態的で恥ずかしかった。


「……なんかついてるか?」

「え?」

「……自意識過剰だったか」

「え……えっと。ついて、ない。おついておりませんです」

「くくっ! 変な敬語」


 私は顔が熱くてたまらなかった。

ピー、ピーっと機械音がして電子レンジから出した卵を水に落として冷やした。

 そういえば、最近の電子レンジはチーンって言わないのに、どうして「チンして」って言うのだろうか? などと古典的どうでもいい事を思いながら彼の動作に見入る。


「あ。温泉卵!」

「そう」


 パスタを冷水で手早く洗い水を切ってさっき作ったソースにベーコンを適当な大きさに切って混ぜてレモンを絞ると和えるように混ぜた。


お皿に盛りつけて真ん中にポコッっと温泉卵をのせる。


「よし、できた」

「え? もう?」

「まかないは、残り物で早く美味しく。だろ?」


父がよく言っていた言葉だった。


「……そうね……そうだわ」


「ああ……そうだ。これはオマケ」


 そう言いながら使いかけのスライスチーズを見つけて器用にペティナイフの先で星を切り抜くとランダムに散らした。


「素敵! 冷製カルボナーラ!」


「どうぞ」


コトンと、置かれたパスタを見て私と兄さんは箸をつかんで口に運ぶ。


「! 美味しい! すごくさっぱりしてるのにちゃんとカルボナーラ」

「レモンがすごくいいね。これ夏のメニューに加えたらいいよ」

「そうだね。女子すごく好きそう」

「……」


私と兄さんは顔を見合わせた。


「即決で採用、黒崎くん、いつからこれそう?」


兄さんがそう言うと彼は少し微笑んで言った。


「……いつでも」

「じゃあ、明日からどう? 一応定休日なんだけど、仕込みあるのよ。仕込みは私一人でやってるから、来てもらったら助かるわ」

「……わかった。……えっと、お願いします」

「あ! こちらこそよろしくお願いします! 食材が9時にはくるから10時とか10時半でもいいわ」

「適当だな」


兄さんは笑いながら私を見た。


「適当なんだよコイツ、黒崎くんみたいに優秀な人が来てくれたら俺も本業に専念できるよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る