第13話
「えっと。今はどこのお店に?」
「……タンポポが丘のレストランに務めてたがその店が潰れて。今はっどこにも」
「そうなんですね! 私もタンポポが丘で働いてたんです! オフィス街だから需要はあるけど、入れ替わりも激しい町ですよね」
「ああ」
「……だからなのかしら? どこかで……会ったことあるような」
彼はまっすぐな瞳で私を見つめると、ほんの少しだけ首をかしげた。
「……髪が……すごく長くなかったか?」
「え?」
「……石窯ピザの店にいなかったか?」
そうだ。私は石窯ピザが売りの店にいたのだ。
あの店で働き始めた頃は、朝から晩まで粉まみれで働いていたけど、あの男に会うのが楽しみで苦だとも思わずにいた。
いつからか、そんな気持ちもなくなってしまっていて石窯で自分の気持ちも炭になるまで焼けたらいいのにと考えながら作業のように仕事をしていたのだ。
「いた! いました! やっぱり会ったことが!」
「……会ったというか、見たことがある」
「あのお店を辞めて、この店を……ほぼひとりでやってくのに、色々面倒になって……あの頃はお洒落にも気を使ってたんですけどね、今では小僧って言われる始末です」
私は自嘲気味に言った。
「そのほうが……アンタに似合うよ」
「へ?」
私はどこから声が出たんだろうと言うようなヘンテコな声をあげた。
彼はクスクスと笑う。
「聞こえなかったか?」
「い。いえ。聞こえました」
「そっか……アンタが務めてた店で一度だけ食った事があるけどな。気取った客が多かった気がするな……だから厨房にいても化粧をバッチリして髪もしっかり巻いたりしなきゃならなかったんじゃないのか?」
私は肩をすくめた。
「そうかも」
「……この店の前を通ると、アンタはいつも楽しそうに仕事してて。客もみんな楽しそうでいい」
「……はい」
「だから、今のアンタの方がいいと……思う」
私は何故か耳が熱くなった。
「なんか……口説いたみたいになっちまったな」
「い……いえ。そんな」
「……悪い」
私は首を振った。そして姿勢を正すと無駄に咳ばらいをして見せる。
「コホン! ええと、では……クロサキさん、働くとしたらいつからお願いできますか?」
そういった瞬間、お腹がグウウウっと鈍い音を立てて鳴った。
ノートを持った兄さんがすぐ後ろでブブっと噴き出した。
「すげえ腹の虫」
「ここここ……これは、その……まかないをこれから作って食べようと思っていて」
しどろもどろと言い訳をする私を見て彼はきょとんとした顔をした後、兄さんに連られるようにして笑い出した。
「ははは!」
彼の笑顔が、ストレートに胸にきた。
一見して無愛想な感じの彼からは想像できない柔らかな笑顔に25歳女子の胸にドーンと矢が射られてしまったのだ。
何という事だろう。
そう思っていると彼は兄さんを見て言った。
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