第8話

蜜さんの笑顔が好きだ。

彼女の泣いた顔を見るのはとても辛く、とても悲しい。


本当に願いが叶うなら、俺に密さんを守らせてほしい。あの小さな洋食店で、彼女の笑顔を……





薄暗い部屋のなかは、不思議な香りがした。



「……レイ?」


見慣れない天井がある部屋だった。



「目が覚めたかい?」


魔女猫の声に顔を向ける。


体が異常に重たかった。


「レイは?」


「あの若造はダメだったよ。邪な気持ちが沢山あったんだ」

「そんな」

「お月様に食べられて、星になって吐き出されたよ」

「……嘘だ……レイはそんなヤツじゃない!」

「ひゃひゃひゃ! お前さんはかわいいね、見た目とのギャップがいい……人間の女が好きそうなオスだよ」

「……」

「隣の部屋で着替えてるよ」

「よかった」


ホッとする俺を見て魔女猫は言った。


「アンタはここしばらくぶりに見る、いい出来かも知れないねぇ」

「いい出来って」

「猫を人間にするのは、料理と一緒さ。1つとして同じものはないんだよ」

「……」


魔女猫は俺の頬を撫でた。


「いいかい、これからはアンタはユキの兄として生きていくんだ……アンタは料理人のスキルをもらってる」

「……」

「お月様に感謝を忘れるな」

「……感謝を」

「そう。いつだってお月様は見てる。そう言っただろ? アンタに必要なモノは全部ある。手続きが終わったらユキの所に行きな」


俺は身体を起こして驚いた。

人間の手足の自分がいるのだ。


「本当に……人間に」

「夢だと思うか?」

「ああ、夢みたいだ」


魔女猫はふふんと値踏みをするように俺の体に触れた。


「人間ってのは手間だけど、洋服を着なくちゃいけないんでね……」


と、言って自分の服のポケットから男物の服を取り出すと俺に渡した。


「さて、知ってるかもしれないがね。オマエのそのピアスについた石がお月様の光と同じ色に重なったら本物の人間になれる。何か困ったら来るといい。でも三日月と満月の夜しか門扉は開かないからね」

「わかった」



俺は渡された服に着替えると隣の部屋のドアを開けた。



「! ハルさん?」


フワフワとした髪をした、イマドキの男の子といった感じの人間だった。


「僕です。レイです」

「……うん」

「何か変な感じですね! ハルさんは人間になってもかっこいいですね! 思った通りだ!」


 俺はまだ自分の姿を見ていない事に気が付いて、レイの前にある鏡台を恐る恐る覗き込んだ。

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