第7話
翌晩は驚くような綺麗な満月だった。
蜜さんの店はそれなりに繁盛していたが、先代がいるときとは比べ物にならなかった。
ソラさんがずっといるわけにもいかないと、変なバイトの男が入ってくるのも嫌だった。
それになにより。
あの日の事を思い出したのが俺の気持ちを動かしていた。
人間になったら、少なくとも泣いている蜜さんの涙を拭ってやることはできる。
そして短くなった髪を撫でて『綺麗だ』と囁くこともできるだろう。
大きな月を見上げて俺はレイに言った。
「レイ……俺も連れて行ってくれ……後悔はない」
「ハルさん」
レイはまっすぐに俺を見た。
「もう、ここへは帰って来れませんよ」
「ああ、わかってる……それでも、俺は蜜さんの側に行きたいんだ」
「解りました……この辺りのボスがいなくなると大変でしょうけど……まぁハルさんの跡目を狙ってるヤツは沢山いますからね」
「本当ならオマエなんだけどな」
「……嬉しい事言ってくれますね……ありがとうございます」
「……悪い。つい……レイもユキと幸せにやるんだぞ」
「はい」
俺とレイは、塀を伝い柵を越えて植栽をくぐり抜けた。
町外れに住む、魔女と呼ばれる猫の屋敷は数十年前に家族が謎の失踪をしたと言う噂の廃屋だった。雑草が生い茂る入り口はやってくるものを拒むように見えた。
バカな人間達が肝試しに時々やってくるらしかったが、そのたびに魔女猫とその使いの猫達は脅かしてからかって楽しんでいるという話だった。
使いの猫に通されて広い部屋にやってくると魔女猫は古いソファに座ったまま俺たちをみていた。
何十年、何百年と生きているという噂の魔女猫は、見た目は若い人間の女のようだった。
人(猫)によっては、老婆だったと言うものもあれば子供のような姿だったというものもいて、どれが本当の姿だったというかは解らなかった。
それも、魔女猫と言われる由縁でもあるようだった。
俺の話を聞いた魔女猫はニヤリニヤリと笑いながら、紺より赤く、紫より青い液体をビーカーに注いだ。
「一気に飲み干す……後は神様だけが知ってるからね」
俺とレイは目の前に置かれた不思議な液体をじっと見詰めた。
意を決して、せえの! でゴクンと飲み干しだが何も変化がないようで俺たちは顔を見合わせた。
「さて、どうなるかね」
ひゃひゃひゃと笑った魔女猫は俺たちを追い出すように屋敷の外に連れ出した。
「月に願うんだよ」
「?」
「お月様ってのは無口だけどね、ちゃんと見てるのさ」
俺とレイが月を見上げると、ジリジリともビリビリともつかない。なんともいいようのない感覚が身体を走り回る。
「これは……なんだ?」
そう呟いた瞬間、レイが喧嘩の時のように大きな声で叫びだして尻尾を大きく膨らませた。
「レイ」
「ハルさん」
魔女猫の笑い声が耳の奥に張り付いたように響いて、俺は真っ暗闇に落ちていった。
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