第5話
「なるほどな」
「でも、だから余計に怖いわね。どの程度の苦しみかとか分からないし、死んでしまった猫には話も聞けないしね」
「そうだね」
レイは不安そうに俺を見た。
「それで? どうやったら完璧な人間ってやつになれるんだ」
「この石よ……これが月の色に染まったら」
ユキはそういいながらブレスレットにハメ込まれた石を見せるようにして手を頬の横につけた。
「ピアスだったり、ネックレスだったり、人それぞれ、形もそれぞれなんだけど、みんなこの石を持ってるわ。だから、町でこの石を持ってる人間を見ると『元猫』ってわかるわね、選ばれた猫はこの石をもらうの、失くしたり捨てたりしたら、猫に戻ってしまうわ。人間だった頃の記憶はなくなるらしいわ。でも、また人間になりたいと思ってもなれないのよ。
この石、最初はただの透明のガラスみたいなのよ。それが、お月さまの色に染まったら、人間になれるの」
「ユキ、どうやったら、それは染まるのさ」
「わからないの。気が付くとほんのり色づいてる。でも翌日には色が薄くなってたり。ともかく、お月さまはいつも私たちを見てるって事みたいね」
「……」
俺とレイは黙ったまま寝床のあの家に帰った。
他の猫もいつものように沢山来ていてそこらで寝ていたり、愛だの恋だの語ったり、歌ったりと好き勝手に過ごしていた。
俺とレイは朽ちた屋根に上がった。
「オマエ、本当に明日……いくのか?」
「……はい」
「そうか」
「ハルさんは、どうしますか」
「どう、するかな」
俺は冷たい瓦の上に寝そべった。
目を閉じて、蜜さんの事を想った。
もうどのくらい前だったろうか、先代がなくなった頃だ。蜜さんが店に戻ってきてすぐだった。
「これは手切れ金よ、夫は将来があるの」
「……」
「いいこと? 訴えないのは夫の為よ」
濃い口紅の女は蜜さんに厚みのある封筒を投げつけた。
その日は、怖いぐらい大きな満月がこの町の上にあった。
レイの姿が見当たらず、俺はひとりで散歩に出かけ、先代がなくなったばかりのあの店に行った。
いつものようにボウルをもった蜜さんが俺を眺めていると、表の方から揉めるような声が聞こえた。
「二階堂蜜さんはいらっしゃる?」
猫だけじゃなく人間にもきっとキツすぎる香水の匂いが裏口までするような派手な女は仁王立ちでソラさんに言った。
困惑した様子のソラさんを押し退けて厨房までやってきた女は、いきなり蜜さんの髪を掴んで怒鳴った。
「この泥棒猫! 二度と夫の前に現れないで」
「!」
蜜さんは引きつった表情で女を見上げた。
「何もなかった、とは言わせないわよ。全部調べたの。50万! 50万もかかったのよ! でもね、訴えでもしたら出世どころか、後々の選挙にも影響するの。わかる? なにもなかった。他言無用よ」
「……」
蜜さんが何かを言いかけたが、女は蜜さんの頬を叩くときつく睨んで厨房から表へ出て行った。
「蜜」
「……大丈夫よ。ごめんね。お兄ちゃん。先に帰って」
「……ああ」
ソラさんは俺を見て、少し微笑んだ。
「ボス、頼んだぞ」
表のカギをかけると、そういって俺の頭を撫でて家路についた。
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