第4話

「ハルさん。僕と、一緒に人間になりませんか」

「え!」

「……蜜さん」

「……」

「ずいぶん前になりますけど、蜜さんの話してくれた、あの時から、彼女の事好きですよね。だったらチャンスかもしれませんよ」

「でも、俺は猫なんだぞ。料理どころか何もできない」


ユキはくすっと笑って俺の額を撫でた。


「ハルさん、私もそう思ってたんです。でも、レイにも言ったんですが。人間になるときに、1つだけスキルをもらえます」


「スキル」


「私たち猫は、人間の世界にすごく近く生きているので、言葉や生活習慣、文化にも慣れていますし、足りないところは人間になった時にちゃんと補足されるんです。だって、猫だってバレたらダメなわけですから。ちゃんと人間界に溶け込むように」


「溶け込むって」


「はい。住所や名前、そういう人間が持っている普通のものは全部。運転免許なんかも手に入れることができます。役所の中には元猫の職員もいますし、でも、仕事や知識なんかの特殊なものは、補うことができないので。ひとつだけ叶えてくれるんです」


「ハルさんとよくテレビで見てる、アイドルのネオキャッツは3人とも猫だよ」

「え」

「そう。あの子たちは歌手というスキルを手に入れたんです。私は、貿易関係の仕事のスキル。おかげで半年でこうやって店を出すまでになりました」

「僕は、特別得たいスキルもないのですが……店舗経営が出来る程度のコミュニケーション能力というか……普通でいいんです」


うんうんと頷いたユキが、思い出したように聞いた。


「ねえ、レイ。蜜さんって、そこの洋食屋さんの?」

「そうだよ」

「まぁ!」

「蜜さんのファンは人間でも猫でも多いものね、でも、ハルさんにはなんだか特別優しい気がしたものね」

「うんうん」


ふたり(?)が何だか妙に盛り上がるなか、俺は考え込んでいた。


「ユキ」

「?」

「人間になるために、何を対価にしたんだ」


レイはきょとんとして俺とユキを交互に見た。


「さすが、ハルさんね。……そう、そんな単純にはいそうですかとはいかないわ」

「だろうな」

「どういう意味?」


俺はレイに向き直った。


「レイ。世の中っていうのは等価交換で回ってるってのは分かるな? 猫が人間として生活をする、変化してというのか、いわゆる魔法というヤツで欲しいものを手に入れるんだぞ、ノーリスクで出来るような事じゃないだろ」

「……そう、ですね」


 ユキは店の隅の小さな洗面台から水を椀に入れると俺たちの前に置いた。


「人間になるには、薬を飲むの。でも、その薬は悪事なんかをするために人間になろうとしている者や不適合とみなされた者は、壮絶な苦しみの中死ぬか、薬の副作用で猫のまま苦しみ続けて生きていくことになるの」

「副作用?」

「私も見たことがないし、他の人間になった猫仲間に聞いても、副作用なんかを受けている猫を見たって言う人はいないわ」

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