第2話
「この店、輸入食品屋になるんですよ」
「へえ、オマエ詳しいな。輸入食品か……ごちそうにありつけそうにはないな」
「うーん。そうですね。どうなのかな」
改装中の店の前を通りながら、いつもの洋食屋の裏口につく。
ちょうど23時。
片づけが終わる時間だ。
裏口の重たいドアを足で止めて店主である男が煙草をふかしていた。
「お、ボスとチビが来たよ。蜜。夕飯出してやんな」
「はーい」
厨房から声が聞こえて、蜜さんが今日のごちそうを持って出てきた。
「今日はスズキよ。お口にあうかしら」
そういいながら俺たち専用のボウルを置いてくれる。
この男は、俺の事を「ボス」レイを「チビ」と呼ぶ。
男……密さんのお兄さんであるらしいソラさんと蜜さんはむしゃむしゃとごちそうを頬張る俺たちを見て目を細めた。
この店は去年まで、蜜さんの父上である先代が営んでいた。
先代が病気で倒れてから密さんが厨房に入るようになった。アルバイトの男が厨房に手伝いにくるようになった。ソラさんは向かいにある美容室を嫁のさおりさんと経営していた。
夜の忙しい時間には厨房を手伝いにやってくる事もあった。
「新しいバイト、募集しないとなぁ」
「そうだねぇ」
俺はもぐもぐと『スズキ』を食べながら聞き耳を立てる。
どうやら、会話の内容からするとバイトで厨房をやっていた男の子が地方の実家の家業を継ぐという事で辞めたらしいのだ。
「まぁしょうがないもんなぁ。店の前に張り紙して、タウン誌の求人広告でも出すかね」
「そうね。とりあえず、張り紙しておこう」
「なあ、蜜。もしなんなら、この店潰してもいいんだぞ」
「ううん、父さんが残してくれたお店だもの。やれる限りやりたいの」
「そっか……まあ、おれも手伝いにはくるけど。無理はすんなよ」
「お兄ちゃんこそ本業ほったらかして、さおりさんに怒られないようにね」
「ははは! おれは平気だよ」
俺たちが顔を洗っていると蜜さんが戻ってきて皿を手に取った。
「あら。綺麗に食べて、いい子ね」
俺とレイの頭と背中を優しくなでた。
思わずゴロゴロと喉が鳴る。レイの前でこんな風に誰かに撫でられて喉を鳴らしてしまうのは不本意だったが、仕方がなかった。
「また、明日ね。明日はきっとアジがあるわ。確かボスネコさんはアジが好きだったわよね? ふふふ。気を付けてお帰りなさい」
この人は不思議な人だ。
いつもこうして普通に話してくる。猫は人間の言った言葉をちゃんと理解できると知っているのだろうか? そんな事を思いながら返事をする。
「にゃおん」
「いい子ね」
そういって微笑んだ蜜さんを見上げて、表通りに回る。
レイはなんだかニヤニヤしながら言った。
「ハルさん、これ募集の紙」
「ああ」
店のドアの横に『調理スタッフ募集:資格不要。性別年齢問わず』と書かれた紙が貼られていた。
「俺が、人間だったらな」
思わずそう呟くと、レイはチラリと俺を見て大きく伸びをした。
「ハルさん、ちょっと」
「?」
「会わせたいメスがいるんです」
「誰?」
「ハルさんも知ってます」
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