1:アンティパスト~猫魔女風いい男のカプレーゼ

第1話

アンティパスト~前菜~


~猫魔女風いい男のカプレーゼ




「バッティングセンターの角を曲がると怪しげな家があるじゃないか。そこに満月の夜に行くと人間にしてもらえるんだってよ」

「あそこは、何年も前に殺人事件があったんだろ?」

「違うさ、夜逃げだろ?」

「いやいや、単純に買い手が付かないまま放置されてるんだ」


 街外れの廃墟の噂は誰ともなく言っていた。


 実しやかにそんな噂が流れるようになったのは、半年ほど前からだった。


 メスの猫が人間になって、人間と結婚をしたというのだ。

このあたりにいた猫らしかったが、誰も名前も毛色も知らない。知っていたとしても各個違う情報で、どれが本当のネタなのか怪しいところだった。


 今日の猫集会もそんな噂でもちきりだった。

満月が近いと毎月どこかでその噂が流れるのだった。


「眉唾だな」


 繁華街の路地を入った古い民家は猫たちの溜まり場だった。濡れることが嫌いなオレたち猫にとっては、こういう雨露をしのげる屋根付きの物件はとてもありがたかったのだ。


「ハルさん。どうかしたんですか?」

「レイ。そろそろ……ここもやばいかもしれないな」


 黒猫の俺はハルと呼ばれていた。


 レイというキジトラの猫は俺より少し若い猫だった。背中の模様が丸く数字の0に見えるからという理由で人間たちはコイツを「レイ」と呼んだ。


 もちろん、俺にしてもレイにしても、ノラだのチビだのニャンだのと、好き勝手に名前を付けて呼ぶのが人間だった。


 この辺りの猫は、縄張り意識が薄い。餌場でケンカをしなくても、そこら中にごちそうにありつける場所があるからだ。

 そんな、穏やかな生活だったが時々こういったトラブルもあった。


「アレですか」

「ああ」


 アレというのは、不動産屋だったり建築屋の看板が立てられて囲いが出来ることだった。そうなると、あっという間にそこは更地になる。

 朝パトロールに出て帰ってくると家がないなんていう事は普通にあることだった。


「野良も肩身が狭くなりましたね」

「ああ。捕まる前に、なんとかしなくちゃいけないな」

「ですね」


 人間につかまれば保健所に行くか去勢をされて元の場所に戻されるかだ。保護されていくヤツもいるが、よっぽど運がよくない限り家猫にはなれない。


 俺とレイは夜のパトロールに出た。

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