第10話

ああ、そうだ。


私は呉婦人の屋敷で働いていた。


下女として、台所仕事や庭仕事もやったのだ。




でも、ある時。


戦の後の宴に婦人からの使いで呉の大屋敷の方へ酒を運んだことがある。


そこで、裏木戸をがなかなか開かずに困っていると、彼がやって来てニコヤカに戸を開けてくれた。



「そんな重たいもの、大変だ」



そういって軽々と酒の入った壺を台所に運んだ。



「あの、ありがとうございました」


「いいんだよ。それより……腹、減ってないか?」


「え?」



彼はそういいながら私を朱塗りの東屋に連れて行くと、大きな手のひらを開いて見せた。


手の中には白い饅頭がふたつ乗っていた。



「お饅頭」


「中身は何かな?」



悪戯っぽく笑った彼に私は心惹かれたのだ。



「いつのまに」


「酒を置いたときに、そばにあったのでな。拝借してきた」


「まぁ」



呆れたように笑った私に、饅頭をひとつ差し出した。



「ここにお座り」


「……でも」



「気にすることはない」



私のような使いの女が、彼のような兵士の傍に座っていいのだろうかと躊躇していると彼は笑った。



「座れと命令された、そう思えばいい」


「……はい」



ゆっくりと腰を下ろすと漢服の布を伝わって石造りの椅子のひんやりとした感触が心地よかった。



彼は嬉しそうに頷いて饅頭を頬張った。



「うん。まだ温かい……はやくお食べ」


「あ、はい」



ぱくんと一口食べると甘い餡が口に広がった。



「ん。餡子だわ、久しぶりに食べた」


「お、いいなあ、餡子はそっちだったか」



彼の饅頭の中身は肉と野菜の団子だった。



「……召し上がりますか?」


「うん。じゃあ、半分にしよう」


「ふふふ」


お饅頭を半分に割ると交換をした。



「2人で食べると良いな」


「え」


「2つの味を楽しめる上に、愉快だ」


「……そうですね」



それが彼と私の出会いだった。

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