第9話

バスルームから戻ったルリはソファに体を沈めるようにして濡れた髪を拭いた。


 アルコールはすでに抜けていて、意識ははっきりとしていたが、どうしてもアネモネの店から自宅までの記憶が欠落しているのが理解できなかった。



「自分で思ったよりも飲んでいたのかしら?」



 うーん。と首を捻りながらぬるくなった麦茶を口に運んで、紙袋の中からオルゴールを取り出した。


 あの店はとても変な店で、アネモネと名乗った店員も変だったけれど、とてもいい買い物をした。と、繊細な造りのオルゴールを満足げに眺めてテレビの横のチェストに飾った。



「……うん。素敵」


アンティークという感じでもないが、新品でもない。


誰かがとても丁寧に扱っていたという体温に似た何かは感じるが同時に無機質な感じもするのだった。


ルリはアネモネの事をぼんやり思い出しながら紙袋を手に取った。


「あ。缶詰」


袋の中で横になった缶を取り出して振ってみると、まるで何も入っていないように軽く、音もしなかった。


「アレかしら、なんとか山の空気、とかそんな感じの缶詰なのかしら?」


パッケージをくるりと見回してみたが『彼缶 NO326』とだけ書かれていて説明的な事は全く記されていなかった。



「説明は缶の中とか言ってたけど」



もう一度缶を振ってみるものの、音もなく重さもない缶は力を入れるとアルミ特有のペコンと凹むような感覚があるだけだった。


 ルリは、ふう。と小さく息を吐くとプルタブに指をかけて力を入れた。


ぷしゅ。っという何とも力のない音がして缶に隙間ができると一気に開けてみた。



「ん?」



缶の中には説明書どころか本当に空気しか入っていなかったようで、ルリは何もない底を見てクスクスと笑った。


「何が出てくるのかしらって、ちょっとドキドキしちゃったわ。ふふふ」


缶をテーブルに置いてグラスに手を伸ばし麦茶を飲み干す。

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