第5話

サワサワと木立を揺らす風は肌寒いもののやわらかだった。


「坂ノ下交番」


大きな公園の脇にある小さな交番の前に立ってなかを覗いてみる。


「誰もいないのかしら?」


机の上に巡回中と書かれたプレートを持った警察のマスコットキャラクターが座っていた。


「……巡回中か」


大きく溜め息をついて出直そうとすると、ガシャンっと背後から音がして慌てて振り替える。


「なにかご用でしたか? すみません、巡回してたもので不在にしまして」


警察官は私を見て「あ」と、短く声を出した。


「先日の……その後大丈夫ですか?」


私はぐいっと前に出た。


「あ、あの、お名前も聞かずお礼も言わずに、私」


帽子を脱いで首をふった彼は、爽やかという言葉がドンピシャリな印象の青年だった。


「ほんと、先日は危ないところ本当にありがとうございます」

「いえ、市民の安全を守るのが警察の役目ですから」

「でも、非番だったんですよね! おやすみだったのに」

「非番でも警察官に変わりはないですからね」


穏やかな口調だったが淡々とした返答に、あの婦人警官が言っていたことを思い出す。


「お礼がしたくて。これ、つまらないものですけど」


スチールの事務机に座ると引出しから何かを出して書き出した。


「……そう言ったものは受け取れないんです」

「でも」

「お気持ちだけ」


丁寧な口調たけど有無も言わせない強さを含んでいた。


「水島くんはかたいなぁ」

「……森下さん」

「お嬢さん、水島くんはあと5分で勤務時間が終わりなんだ。少し待てるかな? 今日はノー残業デーだからね。定刻通りに帰る彼を捕まえて話すといい、彼女どころか飲みに行く予定もない寂しい男だからね」

「! 余計な事を」


ははは!と笑った森下というらしい中年の警官は楽しげに彼を見た。

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