第8話 クレアvsテシウス
「親書、拝見しました。詳細は使者からと締めくくられております」
ソファに座ったテシウスは、普段の雰囲気のままに真っ直ぐ使者に視線を向ける。
親書の中身は他愛のない内容だった。
ファインダ王国との同盟への祝辞と、わが国とも今後益々交易を深めていきたいという、ダーランド王リヒャルトの筆跡で書かれていた。
「陛下はベルガー王国を大変羨ましく思っております。余にもテシウスのような人材が欲しい、と常々口にするほどです」
「光栄に存じます。若輩であり、市井の出身である私を信頼してくれているサリウス陛下に感謝しております」
続いてクレアは、テシウスの背後に立つオルタナに目を向ける。
「アデル将軍の御息女ですね。貴女に関しても、若くて剣の腕は父アデル以上と噂で耳にしております。ビオレール領に務めていたことがあるそうですね」
「はい。ビオレールには半年にも満たぬ期間でしたが……。剣の噂に関しては、まだ父に及ばぬと感じております」
場が暖まったところで、クレアは本題に入る。
「リヒャルト王は、第九王子ヒーゴス殿下を後継者に指名したいのですが、上の王子たちの反発が予想されます」
「……ほう」
テシウスは驚いたように呟いたが、ダーランドの国内情勢からそうなることも予想済みであった。
ただ、ヒーゴスは野心薄く剣に熱心であり、第九王子という立場から取り巻きも少ない。
彼を王位に継がせるのは非現実的だと想像していた。
「ダーランドで再び内乱が起こる可能性があります。ベルガー王国にはヒーゴス王子を支援していただきたく、こうして参上した次第でございます」
淀みなく言うクレアの瞳を見続けるテシウス。
いずれも心の内を読み解くことができない。
「お断りします」
やがてテシウスの口から出たのは、明確な拒否であった。
「残念です。内乱が長引けば、ベルガー王国にも影響が出るでしょう。それとも第一王子側に支援すれば、ベルガー王国は得だとお考えですかな? それは間違っています。第一王子ロットガルトは粗暴な性格、彼が王位に就けばベルガー王国にも災いをもたらす恐れがあります。テシウス殿は民を第一に考えている御仁との評価でしたが、事実と違うようですな」
クレアの瞳はテシウスを捉えて離さない。挑発するような物言いながら、真意を明確な言葉にさせる意思に満ちている。
「他国のお家騒動に関与する気はありません。ですが、ダーランドで内乱が起こり、無辜な民が犠牲になりそうなら国境を開放し、難民を受け入れましょう。ビオレールでしたら数万人を受け入れる準備ができております」
「それは民を奪う行為です。ダーランド王国と軋轢が起こることをお望みで?」
「民の意思は民にあります。平和になったダーランド王国に戻る選択を民たちがするかは、そちら側次第。もっとも、内乱など起きないことを願っております」
「国境の街、ビオレールを王国直轄領にし、難民受け入れの準備もしている。……噂に違わぬ頭脳だねえ。ただ、犠牲の少ない方向に固執しているように思える」
「……と、おっしゃいますと?」
「テシウス殿が見ているのは数年後の世界。ですが我々は百年後を見据えています。百年先に、ダーランドの内乱でヒーゴス殿下が破れなければ地獄が続かなかった。そう思われないように、リヒャルト陛下はヒーゴス殿下を世継ぎにしたいのです。一つの選択肢のミスで世界が変わる歴史を、テシウス殿はご存知でしょう」
交差するクレアとテシウスの視線。
オルタナは、使者と侍女を名乗る2人を警戒しながら固唾を呑んだ。
「たしかに仰る通りです。特に内乱は夥しい無辜の民が犠牲となり、平和を取り戻すのに多くの歳月を要します」
「近年ですと、パルケニア王国のデリム領叛乱、わが国ダーランドの麻薬戦争、南部諸国群は未だにガンギル王の死を引き金にした群雄割拠状態が続いております。そうした悲劇をなくす必要があると理解してもらえたでしょうか? ベルガー王国がヒーゴス殿下の後ろ盾になれば、内戦は短期で終了し、結果的に民の犠牲が少なくて済むのです」
これは分が悪いな、とオルタナは内心思う。より大きな犠牲を払う戦争になる前に、圧倒的な戦力で局地的な犠牲で済まそうとしているクレアの言い分は、武人にわかりやすい理屈だった。
「クレア殿の意見、このテシウス・ハーヴェスト、深く心に染み入りました」
「それなら、先刻の言葉を翻意してくれますかな? 無論、陛下は亡命しているベルガーの貴族を引き渡す意思もあります」
クレアが念を押すように口走るが、テシウスは静かに首を横に振る。
「私の考えは変わりません。ヒーゴス殿下の後ろ盾になる件はお断りします。亡命者に関しては通常の交渉を続けるつもりです」
「ふむ。最大級の誠意を見せたつもりなのだが……理由を訊いてよろしいか?」
「まず第一に、最小であろうが犠牲者になる者の気持ちを、貴女から感じられなかった点です。1人でも民が犠牲になる戦いを避ける策を練るべきです」
「なるほど。君の性格がよくわかる。……第一と言うからには第二があるのかね?」
「はい。ヒーゴス殿下には配偶者も婚約者もおりません。ベルガー王国が彼を後援するとなると、わが国の王族の姫君を、殿下に充てがう企みをする者が出てくるでしょう」
「……ふむ。鋭い。正直、そっちが本命だったんだがねえ。よもや数手先を読まれるとは思わなんだ」
「先生、声に出ています」
テシウスの予想にクレアは苦笑し、マツバが呆れて呟く。
「ベルガー王家に、ヒーゴス殿下と釣り合う年齢の姫君は1人だけ。それも王族の身分ではなく、今は冒険者をしているローゼマリー様だけです。わが国の貴族たちの大半も、ダーランド側から縁談を持ちかけられたら賛同してしまうと予測できます。そして第三は……」
「ほう……まだあるのかね?」
「はい」
そこでテシウスは、クレアの服装を見る。
服装は深い紺色のロングコート。
コートの下は落ち着いた色のワンピース。
腰には革製の細身のベルトが巻かれ、そこに小さなナイフが収まっているのが見える。
「腰のベルトの金具、ヒヒイロカネですね? その宝具は千年前に取り尽くされた鉱石です。太陽のように赤く、揺らいで見えるのが特徴。この世に現存していないと断言されています。七英雄、ドワーフ王シュタインの記述に、ディンレル王国宮廷魔術師に贈与したのが最後の一つと記されております」
「ふむ。面白い知識を持ってるねえ。これに気づいた人間は君が初めてだよ。……ザガン領近くのドワーフの里からの入知恵かねえ。君にはテスタ・シャイニング政権時に空白期間があるが、なるほど、ドワーフの里に潜んでいたか。あそこにはシュタインの手記があると聞いているねえ」
オルタナが顔色を変える。ドワーフの里は隠れ里。フィーリアの出身地。ベルガー王国でも、ごく一部の者しか知らない秘密を知っており、尚且つテシウスの言葉のみで、幾重の情報を読み取るクレアに戦慄を覚えた。
テシウスは微動だにせず、クレアを直視し続ける。
「これはただの超合金さね。と、反論したら君はどうする?」
「ヒヒイロカネは磁気を受けつけないそうです。試してみましょう」
「フフフ……わかったわかった。降参さね。それが第三の理由かね?」
「はい。私は邪教『真実の眼』の魔女及び、魔王軍宰相だったクレマンティーヌに踊らされるつもりはございません。貴女方が、ローゼマリー元姫殿下を狙っているのも承知してます。ダーランド王国を隠れ蓑にした工作、見過ごすわけにはいきません」
断言して言うテシウスに、クレアもマツバも目を見開いた。
「いつからこっちの正体に気づいてたのかね?」
「ファインダ王国王都でリョウ殿と接触した貴女の特徴は、私の耳にも届いておりました。それと、侍女を偽っている方の名前のマツバも邪教の頂点、六賢魔の1人と認識しています」
「ははあ。参ったねえ。そこまで知っていて、断るんだからいい度胸してるさね。一つ断っておくが、ヒヒイロカネをシュタインから貰った当時の私はただの人間さね。シュタインを邪推しないでいい」
クレア改め、クレマンティーヌが発した言葉に、オルタナの手が腰の剣に伸びる。
「戦うつもりはないから安心するさね。それに、ダーランドの内情は真実だし、私が口にした犠牲者の数を小さくする意見も本音さね」
先程まで一国の使者としての態度を崩さなかったクレマンティーヌが、一転して砕けた態度に変わる。
「……真の目的はなんでしょう? 貴女は未来を見据えている。ですが邪教は魔王を復活させ、魔界の門を開き、魔族を再びこの大地に呼び込もうとしています。こうなっては未来を心配するのは不要なはずです」
「クスッ。それは違うさね。永遠の平和がないように、永遠の地獄もないさね。魔王が復活し、魔界の門が開き、魔族が襲来した千年前も、結局は歴史の1ページに過ぎないのさ」
「……その後を見据えているとでも言うのか? それで犠牲になる者の命をなんだと思っている!」
堪りかねたオルタナの激昂を、テシウスは手で制する。
「私も同意見です。貴女方が邪教を解体し、魔王復活を企てないというのなら、手を組んでもいいでしょう」
テシウスの言葉に、クレマンティーヌとマツバは立ち上がった。
交渉決裂の証である。そのまま扉へと歩いていく。
「テシウス殿、君は見識ある人物だ。けれど歴史の流れというものは流れゆく水のようさね。君にも私にも戻すことはできないのさ」
そう言い残し、クレマンティーヌは去っていった。
「テシウス先生……いかがいたしますか? 捕縛の手配をしますか?」
「公的文書を携えての来訪です。捕縛命令はダーランドとの関係悪化に繋がるでしょう。それに犠牲者が増えるだけです。……まずは陛下とファインダ王国、それとローゼさん宛に手紙をしたためます。クレマンティーヌが接触してきたこと、ダーランド王国に再び内乱が起こる兆しがあること、邪教が背後にいることを。それとダーランド王国の情報を、より多く集めるようにレンゲル殿に依頼します」
レンゲルは、ビオレール領を統治する将軍である。
「承知! ……ただローゼちゃん宛には、婚約の道具にされそうになった件は伏せておいたほうがいいと具申しておきます」
オルタナの提案に、テシウスは緊張の糸を少しだけ解いた。
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