第7話 ダーランド王国からの使者
「そんな怒っても、君たちは自ら魂を封じて殺されたと聞いていたさね。困ったねえ。プイッとしてないで、こっちを見てくれないかねえ。マツバがもしやそうかもと言うから、こうして会いに来たんだがねえ」
「……クラーク家の実験の副産物でしょうか? ……連れて帰りますか?」
「それはリョウ君に悪いさね。それに、この子たちがおとなしくしているとも思えないねえ」
私たちが王都ベルンの王城に預けた馬車を迎えに厩舎へ向かうと、微かに女の人の声が聞こえた気がした。
けれど実際に厩舎の中に入ると、私たちの馬車や王国所有の馬たちがいるだけ。
「どうかしましたか? ローゼ様」
厩舎まで案内してくれた衛兵さんが、不思議そうに私を見てくる。
「いえ……女の人の声が、2人分聞こえた気がしたんですが……てか、フタエゴとバラオビ、なんか凄い怒ってね?」
他の馬たちがのんびりしている中で、私たちの馬2頭は、なぜか鼻息荒くして興奮している。
「きっと置いてかれたのに拗ねてるのね。フフン♪ このベレニスがいっぱいよしよししてあげるわ!」
ベレニスが胸を張って言うが、馬たちは「けっ!」と歯茎を見せてくる。
「こんのお! 相変わらずの態度ね! 今日こそどっちが上か、はっきりさせるわ!」
「どうどう、ベレニスさん! ここは馬術で発散させましょう! きっと馬車を引くのに飽きたんです! さあフタエゴにバラオビ! 私たちを背中に乗せて汗を流しましょう!」
「「へっ!」」
「んが! 姉様! つい最近気づいたんですが、フタエゴとバラオビは姉様とベレニスさんと私にだけ態度キツくないですか⁉」
私に振るなよレオノール。てか、最近気づいたんかい。出会った時からずっとだぞ。
まあ、それは単純に、ガチで怒らせたらご飯抜きかご飯にされそうな面子を敏感に察してるんだろうが、それはそれで賢すぎてムカつく。
「レオノール、落ち着いて。愛情注ぐのが大事なんだから怒らない怒らない。私も馬の世話をリョウに教わりながらしだしたけど、ブラッシングする時は気持ちよさそうに目を細めてくれるし。信頼してくれるよ? 舐められないようにするには信頼が大事。ね? フタエゴ、バラオビ」
私は2頭にゆっくり近づいて、そっと鬣を撫でようとするんだけど?
ベロリ。
「⁉ なんじゃこりゃー! 人の顔を舐めるなあああああ!」
私の顔に、フタエゴとバラオビのザラザラした舌が直撃したのだった。
「ローゼ⁉ 大丈夫ですか⁉ フタエゴ、バラオビ! 何が気に入らなかったか存じませんが、これ以上拗ねていると夕飯抜きにします!」
ヴィレッタの言葉に、2頭はビクッとする。
「プハッ! 災難っすね、ローゼさん。でもまあ、今のやりとりでフタエゴもバラオビも落ち着いたようっす。さすがローゼさん、ナイスっす」
「ナイスじゃないわ、フィーリア! ヴィレッタはタオルありがと。うう……臭いよ~」
おにょれ、以前くらったくしゃみ直撃に比べればマシだけど、精神的ダメージ大きすぎる。
「あはは、フタエゴとバラオビはローゼのことが大好きなんだね~。ファーストキスおめでとう、ローゼ」
「こいつら雌だしノーカンだわ! 誰だクリスにファーストキスなんて変な知識覚えさせたの!」
あっ、私だ。そういえば異性に見初められて言い寄られても、唇を重ねたいと思う人以外にオーケーしちゃ駄目だって教えてたっけ……。
「……相変わらずだなあ。リョウ、お前さんの苦労がわかるぜ……」
おいこらヘクターさん、どういう意味だ?
「しっかし見事な馬たちだな。ファインダ王国王都リオーネで購入したと聞いたが、どこの商会で購入したんだ?」
「ダリム宰相に紹介された、ダーランド王国の馬商人です。……ただ、この2頭に関してはダーランド産ではなく、ファインダ国内で入手したと聞いております」
「ダーランドで、ファインダと交易している馬商人っていうとあそこかな? 俺ならファインダのラインハルト王に献上か、ダーランドの王族に献上する。そう思うぐらい並の馬ではねえぜ」
「血統証がないとは言っていましたが……」
「傭兵と縮れ毛、ちょっと何をごちゃごちゃ話してんの! 一旦オレンに行くんでしょ? ローゼ、転移魔法してちょうだい!」
ベレニスに促され、リョウとヘクターさんも頷いて馬車に乗り込む。
「ローゼ様、ヴィレッタ様、お気をつけて」
衛兵さんたちに見送られ、私は今日3度目の転移魔法を発動させる。
さすがに今日はこれでぶっ倒れそうかな?
でも目的がはっきりしているのだ。あとは突っ走るのみ!
それにしても……フタエゴとバラオビに話しかけていた女性の声は本当に幻聴だったのだろうか?
発動させた光りに包まれながら、私は懐かしい気持ちになる声が耳から離れなかった。
***
騒がしいローゼたちが去った厩舎。
「ローゼ様、女の人の声を聞いたとか言っておられたけど、まさか幽霊とかじゃないよな?」
「おいおいビビらせるなよ。そんなわけあるか。……そういや女といえばダーランドから使者が来ているが、侍女1人連れている絶世の美女だったぜ」
「テシウス様の帰還待ちか? 今、賓客室か?」
「ああ、侍女もローゼ様やヴィレッタ様と同年代の少女だが、めちゃくちゃ可愛かったぜ。漆黒の髪だからパルケニア人かもな。女性を送ってくるなんて、ダーランドも何を考えているんだか」
コホン。
厩舎で駄弁っていた衛兵たちが、出入り口から咳払いが聞こえて慌てて敬礼する。
「こ、これはテシウス様! オルタナ様! お帰りなさいませ!」
「ローゼさんたちは、もう旅立ったのですね?」
「はっ! それからテシウス様、ダーランド王国から使者が来ております!」
「窺っております。応接室で会合の準備をしてもらっています。君たちも持ち場に戻りなさい」
「「はっ!」」
衛兵たちは駄弁っていたことを咎められるかとビクビクしていたが、テシウスの穏やかな言葉にホッと安堵の息を漏らした。
「気になる話をしていましたね。ダーランドの親書に本物の印がありましたが、外見と名乗った名前に懸念すべき点があります。……ローゼちゃんにも会ってもらいたかったんですが」
衛兵たちが持ち場に戻ったあと、オルタナもテシウスの背後で応接室に向かいながら、不安気に口を開いた。
「仕方がありません。……十中八九、厩舎にいたのは彼女たちでしょう。目的は不明ですが、フィーリア殿でしたら馬車に細工されていても気づくはず。それ以上のことでないのを祈るのみです」
「テシウス先生が、あの時去らずに一緒にローゼちゃんの転移魔法で帰る選択肢をしていれば……いえ、なんでもありません」
「あの場で私が残っても、ローゼさんたちの決断の邪魔にしかなりません」
「承知しています。ですが世界の根幹を揺るがしている邪教の問題、超法規的措置として、ローゼちゃんたちに協力しても良かったのでは?」
オルタナの声に不満気な様子はない。単純に疑問を口にしただけである。
「……それですと、彼女はベルガー王国そのものを信じてしまうでしょう。彼女が信じるのは王国ではなく、大地に生きる者たちでなくてはなりません」
「……厳しすぎませんか? ローゼマリー姫様に」
嘆息するオルタナにテシウスは無言で歩みを続け、ダーランド王国の使者が待つ応接室の扉を開けた。
室内では見事に一礼する長い銀髪の美女と、黒髪ボブヘアの美少女の姿があった。
姿格好は貴族の礼服ではない、冒険者の出で立ちである。
「……先生、お気をつけて。想像通りです。凄腕の二文字ではすみません」
テシウスの耳に近づいてオルタナは囁く。
「急な来訪をお許しください。私はクレアと申します。こちらは侍女のマツバ。以後お見を知りください」
丁寧に、優雅に挨拶する銀髪美女クレアに座るように促し、テシウスも対面のソファへと座った。
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