第9話 邪教の魔女たち

「テシウス・ハーヴェストは、いかがでしたか?」


 王都ベルンを背にして、マツバは師のクレマンティーヌに訊ねた。


「ふむ……一言で言えば賢臣さね。性格は違えど思想はザックスに似てるねえ。温厚な王の元なら才を発揮できるが、苛烈な王になれば処断されるタイプさね。サリウス王の次世代に、彼が表舞台にいるかは半々かねえ」


 千年前、魔族を滅ぼし世界を救った七英雄と語り継がれる者の名で例える回答に、マツバは、はあ、と小首をかしげる。

 彼女の知る彼は、頼れる男であっても基本赤ら顔の呑兵衛だったから。


「ザックスが死んでラフレシア王国が滅びたように、国家も世界も彼1人でどうにかなるものでもないさね。……マツバはテシウス君をどう見たかね?」


「御し難い男かと。ただ、彼は知識豊富なれど、魔女の真実は知らない様子。所詮は100年も生きれぬ人間の身……と見ました。ファインダの宰相ダリム・クリムトと比較すると警戒レベルは一つ下げてよろしいかと」


 歯に衣着せぬ弟子の回答に、師はクスりと笑みを浮かべる。


「辛辣な意見だねえ。ダリム君は赤竜だし、比較は酷さね。ま、彼については今後も楽しめるだろう。初顔合わせとして上々の結果さね。もう1人、会っておきたかったが、こうなってしまったら私の正体を知る可能性が高い。赤子に障っては大変だから、今回は会わないでおくかね」


 クレマンティーヌが言い終わると、マツバはベルンの方角を振り返り、闇を凝縮した塊を生成してベルンの空へと投げた。


「干渉魔法かね? 効果はベルン限定。予知能力のあるマツバだからできる魔法だねえ。これはテシウス君も気づかないだろうさ」


「……予知能力のみを封じました。あの者が、悲劇を予知しないように」 


「ふむ。気に病むことはないさね。利用価値があるとマツバが予知していた通り、彼女はそうなるだけ。わざと選んだわけでもないからねえ」


 クレマンティーヌの慰めの言葉に、マツバはそっと虚空を見上げた。


 ***


「南部は暑いって聞いていたが暑すぎだろ……。しかもまだマーインか。ここからさらに歩くって地獄かよ」


 踏む砂が靴をジリジリ溶かすかのような感覚と、照りつける太陽が着ている長袖の修道服を汗で濡らす。


「レアード行き断ったら南部行きかぁ。……キャハ♥ 六賢魔様たちもぉ、クレマンティーヌ様もぉ、あたしのこと……好きすぎるだろ」


 オレンジ色の髪を一つ結びのおさげにした少女が、砂漠の只中で愚痴を漏らす。


「キヒ♥ でもまあ、南部は面白そうだしぃ、イフリート復活に関わりたかったしぃ、お姫様一行とも鉢合わせしそうだしぃ、丁度いいわぁ。でもさぁ、シャルロッテやルリア、リリとロロが先に出立してから告げんなよ。ルリアたちは転移魔法でラフィーネスタート、あたしはベルンスタート。地の利が詰んでるんだわ」


 ラフィーネはファインダ王国の西の街で、ベルガー王国との国境にある。そのまま南へ行けばオレンの街経由で南部諸国群に入ることができる。

 対してベルンは数百キロ北のベルガー王国中心部。

 距離の差は歴然である。


 元々、クレマンティーヌはこの少女をレアード王国の工作に使おうと考えていた。レアード王国出身者として最大級の期待もしていた。

 それを拒否したのは少女である。理由は単純に、故郷の土地を踏みたくないだけである。

 六賢魔のマツバに泣きつき、任務を変更してもらった。

 クレマンティーヌは、マツバから簡易に少女の事情を聞き、不満に思うことなく南部に行くよう命じた。

 ただ……ルリアたちが旅立ってから思いついたのかどうか、彼女はもう一つ厄介な任務を少女に追加したのである。

 

 クレマンティーヌは封印所在が判明したイフリートをノイズと若い魔女たちに任せ、自らは六賢魔の中で温厚なマツバと共にダーランド王国に取り入り、残る六賢魔の、チャービル、ローレル、アロマティカス、タイム、フェンネルに他の将軍の行方を探らせている。


「マーインといえば、あいつがいる所か。会いたくねえからスルーだ。と言っても1泊しねえと死ぬわ。あとは馬か駱駝購入しねえと、南部砂漠で力尽きるなあこれ」


 見えてきたマーイン領を見て、ため息ついて門をくぐった少女の背後から女の声が響く。


「ジーニアじゃない? 豆粒だったクソガキが大きくなったわね。何かこの街に用かしら? 査察なら不要よ」


 少女――ジーニアは舌打ちした。この街を数年前から影で支配する魔女と、早々に鉢合わせとは運がねえと思いながら。


「ただの通り道だよ。1泊したら出ていくから気にすんな」


「そう、残念。積もる話をしたかったのに。……六賢魔様が若返ったって本当? クレマンティーヌ様って、お優しい方と聞いたけど事実なのかしら?」


「直接会いに行けばいいじゃねえか」


「そうしたいけど、私は『真実の眼』に寄付し、この街で実験を任されている身。街を離れるわけにはいかないわ」


「そうかよ。ま、頑張ってくださいな」


「つれないわね。同じレアードの……」


 ジーニアは腰の漆黒の剣を抜き、身体を捻って一閃。

 剣は空を切るだけで、そこには誰もいなかった。


『フフフ、冷たいわぁ、ジーニア』


「てめえに構ってまた実験体にされるつもりはねえよ、好きにしてろよ。あたしも好きにするさ」


 虚空に向かって呟いたジーニアは、完全に相手の気配が消えたことを察知して剣を鞘に戻す。


「相変わらず嫌な奴だ。見張ってやがったか」


 さてと、飯を食って宿に泊まって、明日買い出しして、とっとと南部入りするか。

 そう思った矢先だった。

 門から馬車の車轍音が聞こえ、御者に座る男2人が通行の許可を求めているのが見えた。


「ベルンで魔導具店を営んでいる、ヘクター・ロンメルだ。こっちは護衛のリョウ・アルバース。他に仲間が6人いる」


「ヘクター・ロンメルといえば、テスタ派で処刑された前任から引き継いだ、王都商業ギルドのギルドマスターでは?」


 ヘクターは身分証の銀時計を見せ、隣に座るリョウも傭兵団の認識証を見せる。


「……はい。たしかに拝見しました。わざわざヘクター殿のような方が来られるとは光栄です」


「なあに、わが国がファインダと同盟結んだろ? 南部諸国群の戦乱にも介入したいらしいぜ? なら商人として、早めに交易ルートを構築したいのさ」


「それはそれは、商人らしい嗅覚ですね。積荷も問題ありません。どうぞお通りください」


 門兵は納得し、馬車が街へと入る。

 ジーニアは建物の壁に身を隠しながら、連中の様子を見つめていた。


(キャハ♥ やっば! いきなりお姫様一行と鉢合わせってツイてるわぁ♥)


 馬車の窓から、仲間たちと砂漠地方特有の石造りの街並みを眺めているローゼの姿を確認し、ジーニアは歓喜する。


(ヘクターねぇ。ディアナと一緒にベルンで邪魔してくれた恨みはあるけどぉ、あいつとディアナの絶望顔はあとのお楽しみだしぃ、ここで死なないでねぇ♥)


 六賢魔がディアナをお目こぼしをしている意味を、ジーニアは知っている。

 その時はもうすぐだが、今ではない。


(さすがにあたしだけじゃ分が悪い。さらに新顔がいる。正面からも搦め手でも勝ち目ねえな)


 御者席にいるリョウ・アルバースの剣技、馬車の中にいるローゼの魔法、ヴィレッタの神聖魔法、ベレニスの精霊魔法、いずれも大陸全土で上位の力量。

 そいつらより警戒しなければならないのが、商人のフィーリア。奴を出し抜くには相当の準備が必要だ。

 この戦ったことのある面子に、二刀の使い手ファインダ王女レオノールと、赤竜クリスが加わっている。

 単身で挑むには、分が悪すぎた。


(待てよ?……連中がヘクター連れてここに来た目的は、あいつか?)


 ジーニアの顔が歪む。


(まあ、いっかぁ。少ぉし残って様子ぅ、見・て・よ。キャハ♥)


 この街マーインの真実を知った時の、ローゼたちの反応を想像し、ジーニアは内心から溢れる愉悦を堪えきれず、口角を吊り上げた。

 

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