第3話

人の気がないからとえらんだ保健室の隣の休憩室のなかで、


お弁当を食べながら私はゆきえに泣きついた。


「うわあああん!」


「どうしたの、かな子」


ゆきえは心配そうに私を見て聞いてくれるから私は涙をこらえながら答える。

「あのねっ、彼女、いる、みたい」


「袋詰めされてた王子さま?」


うん、と私は涙ぐみながら頷く。ゆきえはそんな私の頭をよしよしと撫でながら微笑んだ。


「まだ、決まったわけじゃないんでしょう? あんたのことだから、どうせ早とちって突っ走ってるだけだよ」


「そうかなぁ…… 」


「そうよ、まず、ちゃんと確かめてみないと」


ゆきえに励まされて私はお弁当のコンビニおにぎりを食べながら、決心した。


「私、告白する!」


どうなるかはわからないけど、にぼしに、私が、人間としてにぼしに惹かれていることをこの気持ちを伝えたい。

抱えておくのは、苦しい。


「どうして、そんなに好きになったと気づいたの?」

ゆきえが聞いてくる。

私は顔を赤くしながら答える。


「お味噌汁を、ね、いつも……おいしくつくってくれてて、私、ずっと気になってた」


スーパーでよく見かけて、気になり、思いきって声をかけたのは、一ヶ月前……


「うっそ、料理できるんだ」

ゆきえが、びっくりしたようなはしゃいだ声をだす。

「あ、当たり前じゃない! 料理くらい。すごいんだから」


私だって料理くらいする。

「わぁ、あんたがそんなにいきいきとするのを、私はじめてみた。そっか、そっか。ごちそうさま」


「ゆきえ、もう食べ終わったの?」


「あんたのことよ~。幸せものだな。味噌汁まで飲んじゃって!」

 顔があつくなる。

どきんどきん、心臓が、うるさい。


「うん……幸せ」


「かな子の気持ち、私応援するよ!」


ゆきえは両手でガッツポーズを作る。ありがとう。


「どんな相手なの?」


おーいお茶を吹き出しそうになった。

ゆきえは、爽健美茶を手にして慌てて身体ごと避ける。

「危ないよ、もうっ」

「ごめん」


「いいけどー。それで?」


「あ、あったかくて、まろやかで……少し、渋みもあって」


「ふーん、ちょっと渋いとこがある温厚な人かぁ……会ってみたいな~」


「だ、だめぇ!」


「わかったわかった、あんたたちの邪魔はしないから。きちんと気持ちを伝えておいで」


ゆきえに背中を押されて、私は勇気をもらいながら午後の授業を受けた。




















「はぁうー、ねこまんまって、英語でなんて言うんだろ?」



放課後になってそんな疑問に頭が支配されながら私は椅子に座り、教科の先生が去り際に言ってた宿題の範囲をチェック、メモしていた。


キャット・フード?

いや、それよりも。

放課後だ。

家にかえったら、にぼしに告白する……

改めて考えたらカァッと顔が熱くなる。


私、できるかな。




 今からでも神社の恋愛成就のお守りを買った方がいいのかもと、悩む頭、それからねこまんまを英訳できずに悩む頭。


プシュー、とショートして私は机に突っ伏した。がばりと起きてノートにペンを走らせる。


「ジローは、家に着くなりご飯を用意し気に入っていたキャットフードを食べました! よし、カンペキ!」


「あ、居た居たかな子」


ふと、横からチエミに声をかけられた。

少しふっくらぽてっとした、肉まんみたいな可愛らしさを存分に発揮する逞しい声音。

私は返事をする。


「なぁに~」


「来て!」


教室の入り口から、来いとジェスチャーされる。海外だと挑発になるやつ。

「これ、女子のみんなから」

そこには、クラスの全員の女子が。

えぇ……みんな、おおげさだな。


「頑張ってね!」


ゆきえが、ガッツポーズをして、代表で私にと小さな袋を手渡す。


「開けても?」


周りがいいよ、と言ったから私は袋を開けた。

なかには手作りの、布で作ったお守りが。


「ウチらでつくったの。帰ったら、勝負なんでしょ? 頑張ってね☆」


サケノがウインクした。ほろっと涙が出てきて、みんな、ありがとぉ、と私は泣き声で礼を告げた。



 にぼし、いや、片口さん……



帰り道。

頭の中で、何度もシミュレートする。

ああん、そもそも何て呼べば良いの?


泣き出したいような気持ちを堪えて、鞄の前ポケットに入れたお守りを何度も見る。


うまくいくかはわからない。でも、誰かを好きになることには種族なんて関係ないと思う。


こんなに、愛しい気持ちははじめてだ。

そう、付き合わなくても、にぼし、といや……片口さん?と。

友達にくらいは!


私は手をぎゅっと握りしめて決意した。

帰宅。

ドアを開けて、手を洗い部屋にはいっても、なかなか戸棚に行く勇気がなく、こたつのそばに寝転がって何度もシミュレート。


テスト勉強もこのくらい何度もしたら、もっと賢くなれそうなのだが。


「はぁう~、できるかな」

もらったお守りを握りしめながら何度も深呼吸。

「セグロって、よんでくれ」


耳元で声がして、私はひゃっと跳び跳ね起きた。

にぼし、ううん。

セグロさんの身体が、真横に寝転がっていた!!

「ぴゃああ! しぇ、しぇぐろた……っ」


「セグレタ……秘密な響きだ」



なんで!?

なんでこんなとこに、にぼしが!

私は混乱した。

にぼしが、セグレタとか言い出したことも、ここに居るのにも。


心のなかが、にじんでしまったのかもしれない。まさかテレパシーかなにかが、働いてる?


なわけないか。


「あ、あの……」


私が何を言い出すかも考えずに口走ると、にぼしは横たわったまま言う。

「片口セグロ、そう呼んで欲しいんだが」


「セグロ、さんは、どうして、ここに。戸棚で袋詰めされていたはずじゃあ」

ばっくんばっくんと、心臓がなっている。


「にぼし、というのは、俺の固有な名前じゃない。人間、と呼ぶようなもの」


セグロさんは、私に説くようにしゃべる。


「あっ。

ごめんなさい!

でもお名前をお聞きできて、嬉しいです。


あの、私、まず、どうしてあなたと、こんな、ふうにお話して……」


「それほどにぼしに対して想いを向けてくれたということ、嬉しく思う。

だから気がついたんだよ。熱心に袋を見ている子がいるなって」


やっぱり、間近でみるセグロさんはカッコいい。私は改めてそう思った。

お守りを握りしめて、

言うぞ、と決意する。


「私、あなたが……」



「ま、セグロも固有名詞ではないが。他に、名前がないんだ。……え?」


「あ、あああ」


カアアと顔が熱くなる。




 ほんとは逃げ出したいけど。

ええい! やけよ!


「セグロさん、好きですっ!」


彼は、見開けない目のかわりに、 ただ黙って聞いていた。

拒絶が怖い。

きみは人間だとか、無理だと言われるかもしれない。にぼし子さんとお似合いかもしれないけど。


「お願い……想いだけでも聞いてほしいんです」


「わかった」

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