014 ほんの少し片付けが苦手なだけでして



 それから俺たちは、夕食前の大掃除を執り行った。


 掃除用具が一式揃っていたのは幸いだった。もっとも買って満足したのか、封すら開けていないものも多く、普段から掃除も殆どしていないことがまるわかりなレベルであった。

 もはや部屋の主も誤魔化す気がないのか、口笛になっていない口笛を吹く素振りを見せてくる始末。それを見た俺は華麗にスルーさせてもらったよ。


 だから有倉さんも拗ねないの。寂しそうな顔をしたって無駄ですからね?


 そんな暇があるならフローリングワイパーを動かしなさい。手伝うと宣言したのは他ならぬあなたなんだから。

 まぁ、俺一人に任せようとしなかった点は褒めてやろう。

 俺も流石にそこまでお人好しじゃない。どこぞのラブコメ主人公みたいに、悪態つきながらも女の言うことをホイホイ聞くような奴とは違うのだ。


 ――え? 誘いに乗って飯を作ってあげている時点で説得力なんかないって?


 それくらいは許容範囲だろうと言わせてほしいさね。材料費は払ってもらっているんだし、作った飯を『美味しい美味しい♪』と喜んでくれるなんざ、それはもう作り甲斐があるってもんでしょうが!

 まぁそう考えれば、俺も大概チョロいと言えてしまうのかもしれないね。

 腐れ縁は切れそうもないとは、まさにこのことなのだろうな。


「片瀬く~ん……」


 すると有倉の情けない声が聞こえてきた。


「お腹空いたよぉ~」

「もうすぐで終わりだから。ほら、手を動かしなさい」

「ふぇ~」


 全く、手のかかる娘を持つと苦労するもんだよ。世の中の父親というのは、皆さんこぞってこういう気持ちになるのかねぇ。

 ついでに言っておくが、断じて『母親』ではないからな?

 良い子の皆は、そこの部分をしっかりと肝に銘じておくように。分かったね?


「あーもー、どうしてこんなことになっちゃうかなぁ?」


 またしても有倉が、情けない声を出してきた。


「お掃除始めてから結構時間経ってるし……」

「そりゃお前が、次から次へと脇道に逸らすからだろう」


 使われていない段ボール数枚を紐で束ねながら、俺は指摘してやった。


「片付けようとした雑誌をその場で読み出すし、埋もれていた小物を見つけては懐かしいとかなんとか言って、ボーッと眺めていたじゃないか。そんなの続けてたら終わるもんも終わんないよ」

「だ、だってぇ~」

「まぁ、部屋を散らかす典型的なタイプと言えばそれまでだがな」

「……ほんの少し片付けが苦手なだけでして」

「散らかす人間は、大体そう言うんだ」

「むぅ~」


 私、不満です――と言わんばかりにほっぺたを膨らませおってからに。

 うーむ。これも少しばかり、俺から言ってやるべきかもな。


「そういう表情も止めときなさい。世の男どもが速攻で勘違いしちゃうから」

「……どゆこと?」

「男ってのはなんだかんだで美人に弱いってことだよ。察しろ」


 まぁ、有倉であれば、これくらいでなんとなく分かってくれるだろう。下手にあれこれ細かく言うのも良くないだろうしな。

 ――ん? なんか有倉が俺のほうを呆然と見てきているな。

 フローリングワイパーを握り締めたまま、完全に硬直しているようにも見えるが。


「私……美人?」

「ん? まぁ、そうだろうな」

「ホント?」

「むしろお前が美人じゃなければ、世の大半の女が美人じゃないだろうよ」

「……片瀬くんも勘違いしちゃう感じ?」

「俺はしないよ」

「どして?」

「腐れ縁ってのはそういうもんだ」


 よし、これで段ボールは束ね終わったぞ。全くいくつも積み重ねやがって。こんなの放置していたら、黒くて硬くててらてら光ってて暗くて狭くて湿ったところが好きなわりに速い生物的なのが、知らぬうちに繁殖しかねないんだよなぁ。

 段ボールの隙間に卵を産みつけたりするっていうし――あぁ、全くもう、嫌なことを考えてしまったぜ。

 幸い今のところそういった生物は出ていないようだから、そこは安心かもしれん。ていうかいないのが不思議なくらいだな。

 タワマンの上層階って出ないものなんだっけ? よく知らんけど。


 それはそれとして――今更だが有倉みぎわという女の本質を知った感じだな。


 仕事はできるが家のことはズボラってか? ある意味、典型的と言えば典型的と言えるのかもしれないが、まさかこんな身近にそういうのがいたとはねぇ。

 まぁ、人間誰しも欠点の一つや二つはあるからな。

 そういう意味じゃコイツも、普通らしい一面があったんだと言うこともできるか。だから問題なしというわけでもないけど。


「――ほら。もう床拭きはいいから、そのシートを外してきなさい」

「え? もうお掃除おしまい?」

「とりあえずはな」


 改めて俺は、リビングを見渡してみる。最初の惨状に比べれば、明らかに片付いたほうだ。キッチンも掃除したし、夕食を作る分には全く困ることもない。

 それにいい加減遅くなってきちまったからな。流石に掃除して終わりっていうのだけは避けたいところだ。


「俺も腹減ったし、そろそろハンバーグ作ってやるよ」

「わぁい、やったー♪」

「だからそれ、早く片付けてきな」

「うん。秒でやってくる」

「手もちゃんと洗ってこいよ」

「はーい♪」


 やれやれ。アイツの普段がどんな様子なのかはよく知らないが、恐らく今とは全然違う感じなんだろうな。

 ま、これも腐れ縁の特権みたいなものだろう。

 ここまで頑張って掃除したんだ。それくらいの優越感は許してほしいものである。


「さて……もう一仕事頑張るとしますか」


 持参したエプロンをバッグから出して着用しつつ、俺は気合いを入れた。

 どうせなら掃除の時から着けておけば良かったかもしれないと、今更ながら気づいたのはここだけの話である。



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