013 タワマンへようこそ!
「――ビックリした?」
「あぁ、まんまと驚かされちまったよ」
実にご立派なエレベーターに乗りながら、俺はため息をついた。
「都内に住んでるって聞いてたから、それなりにいいところだと思ってたが……まさかタワマンとはな」
「やっぱり、こーゆーところは珍しかったりするよね?」
「それ以前に初めてだよ」
タワマンに住んでいる知り合いなんざ、流石にいなかったからな。自然と高級ホテルに入る気持ちになってしまうわ。
まぁ、高級ホテルなんざ実際に言ったこともないから、想像でしかないけど。
「これだけのタワマンなら、家賃も相当なもんだろ?」
「ううん。意外とそうでもないよ」
有倉があっけらかんと答え、そして苦笑してくる。
「タワマンと言っても、同じ建物でも部屋ごとに値段は全然違うし、場所によっては十万円を切ったりするところもあるし」
「意外とピンキリなんだな」
「まぁ、私の部屋は二十万くらいするんだけどね」
「……そうでもある値段じゃねぇか」
「ウソは言ってないもん。ここで一番高いとこなんて、三十万は軽く超えるし」
それなら確かに間違ってはいない――って言えたとしても、納得し難いわな。どちらにせよ、俺なんかが気軽に手を出せる代物じゃないことに違いはない。
――チーンッ♪
「あ、着いたね。降りよ降りよ♪」
エレベーターの扉が開いて、有倉に連れられて俺も下りる。
「結構な上層階じゃん……二十万どこじゃないだろ」
「だから部屋にもよるんだってば」
そう言われてもなぁ。賃貸マンションの家賃を幾つか調べたことあるけど、どれも上層階になればなるほど値段が上がってたぞ?
このタワマンが例外とは思えんし、果たしてどんな部屋なのやら。
「私の部屋、ちょっと殺風景で散らかってるけど、まぁ気にしないでね」
「あー、はいはい」
もはや俺は、投げやりな返事しかできなくなっていた。いちいち驚いたり戸惑っていたところで疲れるだけだ。有倉の言うとおり――というわけでもないが、いちいち細かいことを気にしないほうが良さそうにも思える。
よくよく考えてみれば、今回は普通に有倉が俺を誘ってくれたんだ。
つまりどんなに場違いであろうと、俺は堂々としていれば、それでいいはず。余計なことをあれこれ考える必要なんてないんだよ。
全く、俺も何をグダグダと――情けないったらありゃしないな。
きっと思いのほか、有倉との差を見せつけられたのがショックだったのだろう。それが無意識のうちにマイナス思考に陥らせ、どこぞのラノベ主人公みたいなヘタレさを披露する羽目になっちまった。
それこそが余計にも程があるということを、ギリギリのところで気づけた。
昔から何かと運に恵まれてきている気はしていたが、今回もそれが上手い具合に働いてくれたようだ。
「はーい、ここでーす」
と、開き直ったところで、有倉の部屋に到着したらしい。
パスケースからカードを取り出して、ドアに差し込む形で開錠する。このタワマンではホテルみたいなカードキーを使う形式らしく、一階のオートロック解除も、このカードキーで行っていた。
「どうぞー。上がってくださーい」
「お邪魔しまーす」
はてさてどんな部屋なのやら――ある種、ワクワクしながら入ってみたその瞬間、俺の動きはピシッと固まってしまった。
「こ、これは……」
とりあえず絞り出したとしか表現できない呟きとともに、そのリビングを何度も見渡してみる。
擬音を出すとすれば『ごちゃあぁ~~っ!』と言ったところだろうか。
脱ぎ捨てられた衣服がソファーに積み重なっており、週刊誌や雑誌はテーブルだけでなく、床の隅にまでバサッと落ちている。積まれているならまだマシであり、明らかにそこらへんに投げ捨てたままの状態が殆どだ。
なんだったら引っ越しマークのある段ボール箱も見えるんだよな。部屋の隅にとりあえず寄せたと言わんばかりに。
ちょっと殺風景で散らかっている? とてもそんなレベルじゃないだろう。
まぁ確かに、違う意味で予想以上と言わざるを得ないが――それにしても、これは流石にどうなのかと物申したくなってくるぞ。
正直、一人暮らしの男の家と言われても不思議ではないくらいだ。
少なくともバリバリ稼いでいるキャリアウーマンの部屋だと言われて、すぐさま信じる人間がどれほどいることか。
現に目の当たりにした俺でさえ、現実かどうかを疑っている。
紛れもない現実であることは当然分かっているからこそ、部屋の惨状を見てドン引きしてしまうのも致し方ないと思いたい。
「えっと……片瀬、くん?」
流石に俺の様子に気づいたのだろう。有倉が戸惑いながら問いかけてくる。
「やっぱりその……ちょっと散らかり過ぎてる、かな?」
「そのレベルを遥かに超えてて、もはやどこからツッコめばいいのか分からんよ」
とはいえ、このままボケッとしているわけにもいかないわな。重たい足をなんとか動かし、俺は強めに息を吐く。
「有倉」
「は、はいっ!」
「掃除するぞ」
「へっ?」
俺は買ってきた食材を持ったまま、堂々とリビングに入ってゆく。有倉が呆然と俺を見つめてくるが、もはや知ったこっちゃない。そんなことよりも気にするべきことが周り一面にあるんだからな。
「このままじゃ折角の美味いメシが不味くなる。だからまずは掃除だ!」
「……ふぇー」
明らかに脱力している有倉を尻目に、俺はひとまずキッチンに入らせてもらう。まずは買ってきた食材を冷蔵庫に仕舞っておかないとな。
ちなみにキッチンのほうも、色々と掃除のし甲斐があったことを追記しておく。
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