012 お買い物タイム
「――で? 今日は何が食べたいんだ?」
買い物かごを持って店内を歩きながら俺は尋ねる。
「またカレーでもいいけど?」
「うーん。先週かなり食べちゃったし、今回は別なのがいいなぁ」
「言っておくけど、おシャレ的なものは作れないぞ?」
「そんなの分かってるよ」
苦笑しながら有倉が言う。とりあえず理解してくれているみたいでなによりだ。
「まぁ、そうだね……しっかりしたものが食べたいかなぁ。お腹空いてるし」
「ふむ」
腹が減っているのなら、肉類が良さそうだな――と思いながら、お肉コーナーを通りかかった瞬間、俺は思った。
「ハンバーグにでもするか」
「それって……もしかしてレトルト?」
「んにゃ、手作り」
「手作りっ!? なにそれホント? マジでっ!?」
何でこの子ってば、急に大きな声を出してくるんだろうね? しかも目を輝かせながら思いっきり詰め寄ってくるし。
「……そんなに驚くことか?」
「だって私、もうそんなの長いこと食べてないもんっ! お願い片瀬くん、それを私に食べさせてえぇっ!!」
「はいはい分かった分かった。分かったから大人しくしなさいっての」
幸いスーパーには他の客は殆どおらず、そのおかげで注目を浴びるようなことにはならなかった。
全く子供じみた反応しやがって……バリキャリはどこへ行っちまったってんだ?
って、もうバリキャリは古いんだっけ? まぁ、どうでもいいや。
「えーと二人分なら、合い挽き肉は三百グラムもあれば……」
「あ、できればたくさん作ってー。明日以降も食べたいし」
「……じゃあ、五百グラムにしておくか」
俺は手に取りかけた三百グラムを見送り、隣にある大きなパックを手に取る。
「これなら四個できるから、少なくとも二回分は明日以降も食べられる」
「わーい♪」
喜んでくれたみたいでなによりですよ。子供っぽい声を上げたことに関しては、もはやツッコむ気にもなりません。
「そういえば有倉んちって、調味料とかあるの?」
「ないよ。普段ちっとも料理しないし」
「……さいで」
そういえばコイツ、料理は苦手だったっけか。あれから朝飯はちゃんと食べるようにしているとは聞いていたが、恐らく基本はコンビニ飯とかなんだろうな。
まぁ、ちゃんと食べるようになっただけでもマシか。
「ちなみに調理器具はちゃんとあるからね? お米もあるから」
「米って……料理しないんだろ?」
「片瀬くんが食べると思って、ちゃんと買っといたんだよ♪」
偉いでしょ、と言わんばかりに胸を張ってドヤ顔をする有倉。スーツの上からでもプルンと揺れるその塊はなんとも――いやいや、それはどうでもいいんだ。
「その米、普段もちゃんと炊いて食べるんだよな?」
「殆ど炊かないかなー。私、ご飯よりもパン派だからねぇ」
「…………」
一気に俺の中に不安が過ぎってしまう。米ってのは保存を間違えると、一気に虫が湧いて大変なことになるんだがな。仮にそれを免れたとしても、日が過ぎればどんどん劣化して、ビックリするぐらい味が落ちるし。
――待てよ? コイツのことだから、米を買ったのはついこないだのハズ。
俺が食うと思って、とか言っていたから尚更だよな。だったら劣化的な心配はしなくてもよさそうか。
だから何の問題もない、というわけでもないけど。
「まぁ、それについては後で考えるとして、今は買い物を済ませよう」
「そだねー」
気楽な返事をしてくれるもんだねぇ。自分が原因だってことを、ちゃんと理解しているんだろうか?
十中八九していないですよね、分かります。
そんなこんなで、俺は必要になりそうなものをかごに放り込んでいく。
塩とブラックペッパー、ケチャップとハンバーグソースだな。できればスープでも作りたかったが、コイツはインスタントで済ませよう。
後は野菜類だな。
玉ねぎともやしとピーマン……必要なのはそれくらいか。おっ、ポテサラも買って行こう。一人分ずつ売られているからいいんだよな。プライベートブランドは本当に最高だと度々思わされるよ。
あとはパン粉と卵か。俺の作るハンバーグには欠かせないものだ。
「とりあえずはこんなところか」
「大事なもの買ってないよ」
「えっ?」
俺がきょとんとしながら視線を向けると、有倉がとあるコーナーに向かった。
酒と大きく書かれたコーナーへ。
「ちょうどストック切らしていたから、これも買っておかないと♪」
手に抱えているのはレモンサワーのロング缶。それをしっかりと、俺が持つかごに放り込んだ。
ずっしりとしてかなり重くなっています。
「……全然ブレないね、お前も」
「それほどでも」
「褒めたわけじゃないんだが」
まぁ、有倉らしいということで、とりあえずここは納得しておこう。下手にあれこれいったところで、どうにもならんだろうし。
いよいよ買う物が揃ったところで、俺たちは会計に向かう。
支払いの際には有倉が、当たり前のようにクレジットカードを提示したのだった。
「――フフッ♪」
私、頼りになる女でしょ――的なことを言っているんだろうなぁ。よくもまぁレジの人が見ている前で、そんなドヤ顔を決められるもんだわ。
かくいう俺も、思わず苦笑しちまったけどさ。
そして俺たちは店を出た。
買い込んだ食材は俺が持っている。こればかりは流石に俺の仕事ってもんだろう。当たり前だと言われれば、何も言い返せないことではあるが。
「ところで、有倉の家ってのは、ここから近いのか?」
「うん。すぐそこだよ」
そう言って歩き出す彼女についていく形で、俺も歩き出した。
すぐそことか言って、実は結構遠い感じでした――なんてケースも普通にあったりするから、少しばかり不安ではあった。
しかしそれ自体は杞憂だった。
スーパーを出てほんの三分くらい歩いたところで、到着してしまったのだ。
つまりさっき川を見ながら話した場所も、有倉の家から数分という近しい距離だということになる。これならわざわざ川沿いなんかに移動せず、さっさと家に上げてくれても良かったんじゃないかとすら言えてくる。
しかし俺は、その場でそれを考える余裕は全くなかった。
目の前の建物を『見上げる』のに、全ての意識を注いでいたからだ。
「……ここ、なのか?」
「そだよ。遠慮しないで入って入って♪」
有倉が住んでいる場所――それは立派なタワマンと呼ばれる建物であった。
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