007 普通にデートだったと思う
「いやー、今年のもホント良かったねぇ♪」
シネコンを出てきた俺たちは、二人揃って満足な気持ちに満ちていた。
「片瀬くんはどうだった?」
「面白かった」
「それはなにより」
ちなみに社交辞令ではなく、本当にそう思っている。
このアニメの映画版は何かと評価が高いと言われているが、今年のも決して例外ではなかったようだ。
こんなに面白く感じるんだったら、もっと他の映画版もチェックしておけば良かったかもしれない。サブスクかなんかで見れたりしないか、後でちょっと確認してみようかとすら思っているほどだった。
「よし、じゃあお昼ご飯でも食べよう!」
至極当たり前のように有倉が提案してくる。それに対して俺は、どうしても一つだけ物申してやりたかった。
「さっきポップコーン食べたから、あんま腹減ってないんだけど」
「えー?」
「むしろお前のほうがたくさんつまんでただろうに……まだ食うつもりか?」
「おやつは別腹って言うでしょ?」
「言わないだろ」
「もーっ、しょーがないなー」
深いため息をついてくる有倉。まるで俺が我儘を言っている扱いだな。いや、割と間違っていない気は、しなくもないけどさ。
「じゃあ先にお店巡りしちゃおっか。途中でお昼ご飯代わりに、軽くおやつを食べるって感じでどう?」
「まぁ、それだったら……」
「よしよし♪ これでようやく決まったね♪」
まるで万事解決みたいな言い方をしてきているが、その中身はどうにも微妙な感じがしてならないのは俺だけかね?
昼飯代わりのおやつってのもなぁ――まぁ、今日ぐらい別にいいか。
たまには自分に甘い日があったって罰は当たらんだろう。どうせスイーツを食べて甘くなるんだからな。
――別に上手いことを言ったつもりは全くないから、勘違いしないように!
「あ、ここって家電もあるんだね。まずはそこに行こうよ」
そして再び有倉に引っ張られる形で一階へ移動する。ていうか、まさか家電量販店に行こうと言い出すとは思わんかったな。
「なんか見たいものでも?」
「ううん。特にそーゆーのはないよ。いつものクセみたいなもんかなー」
「クセ?」
俺が問いかけると、有倉が頷いてくる。
「お客さん先に行った後、次のアポまで妙に時間が開いちゃう時もあってね。下手に喫茶店入るよりも、時間潰しやすかったりするんだよ」
「なるほどな」
確かに家電であれば、見るものもたくさんあるもんなぁ。特に代わり映えしなくてもなんとなくフロアをぐるっと回れるし――時間潰しにもってこいという点では普通に頷ける。
パソコン好きの女も割と増えているみたいだし、有倉みたいなのがいたとしても、特に不思議じゃないだろう。
「仕事用のパソコンとかスマホとか、そういうのも選んだりしてるのか?」
「いや、それはないね」
有倉はしれっと否定してくる。そして思わずきょとんとしてしまった俺を見て、苦笑を浮かべてくるのだった。
「そういうのは会社が全部取り決めてるから。定期的にネット通販で、ビジネス用のパソコンをまとめ買いしてる感じだね」
「そっか……言われてみれば、俺が勤めてた会社もそんな感じだったっけな」
「特にここ数年は、リモート環境も増えたからね。リモート専用のパソコンとして、ルールが更に厳格化してたりもするんだよ」
「へぇー」
そういうのは俺も、ネット上の噂程度に聞いたことはある。セキュリティの関係で入れられるソフトが制限されたり、本当に業務以外の用途に使えないよう、あれこれ施しているというものだ。
何をどうしてそうなっているのかは分からないが、制限だらけのパソコンなんて、さぞかし使い辛いんだろうなぁというのが、俺の率直な感想だ。
業務最優先で使うんだから当然だろ――と言われれば、それまでの話だが。
「でもまぁ、これも色々と仕方のない話だったりするんだよね。業務情報を盗まれるのが一番怖いことだから」
「そりゃそうだ」
便利になった分、色々と面倒なリスクも多いのがセオリーってもんだからな。用心するに越したことはないってわけだ。
「セキュリティで言ったら、会社によってはネットの閲覧とかもガチガチに制限されてたりするんだってな」
「あー、それ私も経験したことあるわ。お客さん先に常駐してた時だったんだけど、交通費の清算とか本社に戻らなきゃいけなくて面倒だったなぁ」
「そりゃ大変だ」
「片瀬くんはそういうのなかったの?」
「本社勤務だったんでな」
「ふーん。つまりは優秀だったと」
「逆」
「えっ?」
「周りに合わせるのに必死で肝心の結果が出せず、いざ思い切って本当の自分を見せたら厄介者認定されて、常駐先へ行くチームから外されたってオチさ」
「……動画によくあるマンガの話じゃないよね?」
「残念ながら現実の話だ」
そこでなんとなく会話が途切れ、二人で黙々と家電コーナーを見て回る時間が、これまたゆったりと流れていくのだった。
それから軽く雑貨屋などを幾つか軽く巡り、フードコートへと向かう。
俺はたこ焼きを注文したんだが、有倉はしっかりと、クレープと甘いミルクティーという立派な『おやつ』を抱えていたのだった。
全く、何ともブレないお嬢さんな姿に、俺はもう苦笑するしかなかったよ。
そこで長めの休憩を取り、そのまま二人で食料品売り場へ向かった。
「……今日も俺んちで食べる気か?」
「決まってるじゃん」
「食べ終わったら帰るんだろ?」
「ううん。そのまま今日も泊まってくよ」
差も当たり前のように言ってのける有倉さん。しかし流石にそれについては、俺も疑問を呈さずにはいられない。
「泊まるってお前……明日は普通に仕事あるんだろ?」
「うん。だから朝一でスーツ着て、そのまま会社に直行するよ」
「はぁー」
なんともまぁ、アクティブなことで。もはや尊敬すらしてしまうわ。
「流石はバリキャリってヤツか」
「それほどでもないよ。あとバリキャリって、もう古くなってきてるからね」
「……マジで?」
「うん。割とマジで」
その有倉の反応からして、どうやら本当であることが分かる。ほんのつい最近出てきた言葉かと思っていたんだが、既にそうではなくなってきていたというのか。
「言葉の入れ替わりも激しいもんなんだな」
「そうだね。ブームと似てるかも」
「なるほど」
「まぁ、私はそんな気にしないけどね♪」
ニッコリと笑いながら、俺の顔を覗き込んでくる有倉。果たしてそれが社交辞令なのか、それともフォローの類なのか――俺には判断することができず、なんとも言えない生返事しかできなかった。
そして俺たちは、昨日と同じように食料品を買い込んで帰宅する。
まだ真っ暗になり切っていない夕方の大通り沿いは、流石に車の通りも多かった。それもいつものことではあるんだけどな。
「今更かもしれないけどさぁ――」
すると有倉が、不意に苦笑しながら切り出した。
「なんか今日の私たちって、デートしてる感じだったよね?」
「あぁ、普通にデートだったと思う」
「……えっ?」
俺が頷いた瞬間、有倉の驚いたような声が聞こえてくる。なんかよく分からんが、とりあえずこのまま感想を言わせてもらうとしよう。
「二人で一緒にモール内を一日中歩き回って、映画も一緒に見たんだぞ? どう見てもデート以外ないだろ」
「あー……うん、そう言われれば、そだね……」
何だ? 急に有倉の歯切れが悪くなってきたぞ? お前さんのほうから切り出してきたっていうのに――よく分からんもんだね。
ま、別に気にしなくてもいいだろう。
二人で晩飯を食っている時は、間違いなくいつもどおりだったからな。
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