006 二人でショッピングモールへ
「おー、こりゃまた活気づいてるねぇー♪」
賑やかなショッピングモールの入口にて、有倉が周囲を見渡している。
「日曜日のせいかな? 人もいつもよりいっぱいだわ」
「……いつもこんなんだけどな」
「よーし、じゃあ行こうか♪」
俺のツッコミを華麗にスルーしつつ、意気揚々と先導して歩き出す。
「ふんふんふ~ん♪」
そしてこんな漫画のような鼻歌まで――そんなにショッピングモールに来たことが嬉しいのか? まぁ、都内だと意外にありそうでなかったりするのかもだし、有倉なりに思うところもあるのだろう。
……多分。知らんけど。
「昨夜はロクに見て回れなかったからね。もっとのんびり楽しみたかったんだー♪」
それ、出かける前にも聞いたよ。昨夜も来たじゃないか、という俺の抵抗も虚しく散った結果がこれだ。殆ど強引に連れ出された時から諦めてはいたが、やはりげんなりする気持ちはどうしても拭えないものだわ。
「さぁ行こう、片瀬くん!」
「はいはい」
何だったらもう既に動き出しているんだけどな――というツッコミこそ野暮もいいところですよね、分かります。
ていうかこれって、間違いなく男にとっては苦行の連続でございますよね?
ファッション系の店に入っては、一時間も二時間も服を見ては試着し、挙句の果てには何も買わずに出てくる。その間ずっと連れの男は、傍で黙って見守る以外のことは一切できない。
それを俺はこれからとくと味わうってか?
全く勘弁してほしいよ。俺が一体何をしたって言うんだ?
いや、何かしていてもしていなくても変わらないか。有倉が俺という存在に目を付けた時点で、既に賽は投げられていた。
どのみちここまで来てしまった。どうあがいても意味を成すこともあるまい。
だとしたらもう、潔く覚悟を決めるしかないわな。
見苦しく足掻いたところで、余計に自分の首を絞めるだけなのが関の山。こういうところで男の立場がないのがデフォってもんだ。
――とか言って覚悟を決めていたのだが、実際は予想と少し違っていた。
「こーゆー大きな本屋さんに入るの、ホント久しぶりだなぁ」
巨大書店の中をただただ見て回ったり。
「へぇー? 今の百均って、こんなのもあるんだー♪」
普通に全国展開している百円ショップにて、日用品に興味を注いでいたり。
「ちゃん値段のするスニーカーも、一足くらいは欲しいもんだよねぇ」
スポーツショップにて、オシャレよりも実用性を優先させている丈夫なスニーカーを試し履きしたり。
普通に男も気軽に入れる店ばかりをはしごしている感じだ。
特に何も買わないという点では予想どおりだが、さして苦行というほどでもない。むしろ一緒になって注目できたりしており、俺は俺で存外楽しいとすら思えているから不思議なものだった。
「……こういうところで良かったのか?」
故に俺も、思わず有倉に問いかけていたのだった。
「俺に構うことはないぞ? もしファッション的なものが見たいんだったら、少しくらい付き合っても……」
「あぁ、別に私、そーゆーのはいいんだよね」
しかし有倉の返答は、実にあっけらかんとしたものであった。
「そもそもオシャレなファッションなんて、これっぽっちもしてるヒマないもん。ただでさえ仕事が忙しいってのに」
「じゃあ、普段の私服もそんな感じか?」
有倉の現在の格好は、無地の黒いロングスカートにボーダー柄のシャツのみ。どちらも昨晩、雑貨屋で買い揃えたものだという。
それにしては、随分と馴染んでいるような雰囲気を出していたが――
「うん。大体こんなんだね。ウチにも色違いで同じのあるし」
「やっぱりか」
「似合ってない?」
「いや、むしろその逆だ」
改めて有倉の全体像を確認しつつ、俺は率直に答える。
「長身でスタイルも良いから、そういうシンプルなのもよく似合ってるよ」
「……えへへ、そっか♪」
一瞬、きょとんとした表情となったが、すぐに嬉しそうな笑みに切り替わった。とりあえず有倉の機嫌がよくなって、なによりだと思っておこう。
「あ、ねぇねぇ! 次は映画見ようよ、映画!」
フロアの端っこに見えるシネコンを発見した有倉は、俺の福の裾を引っ張りながら指を差した。
「私ちょっと見たいのあったんだよねー。片瀬くんってアニメ好きでしょ?」
「まぁな」
「じゃあ問題ないね♪ いざっ! レッツラゴー!!」
そして再び腕を引っ張られながら、俺たちはシネコンへと向かった。
ちょうど入場案内しているアニメ映画があり、それこそが有倉の見たかったものであることが分かる。
――普通に俺も知ってるヤツじゃん。なんだったら子供の時から見てたし。
嵐を呼ぶ幼稚園児が主人公で、昔は親が子供に見せたくないアニメのナンバーワンに選ばれてたとか、そんな時代もあったらしい。
まぁ、最初は青年誌だった漫画をゴールデンでアニメ化したんだ。よくもまぁ、打ち切りになることもなく、長寿番組になったもんだよ。
「えっと、当日券の販売は……あそこだね」
有倉がタッチスクリーンで手早く操作していき、二人分の席を並びで確保する。そしてそのまま自身のスマホに搭載している電子マネーを使って、支払いも済ませてしまうのだった。
「いいのか?」
「誘ったの私だもん」
「……ありがと」
「どういたしまして♪」
ここはお言葉に甘えて良さそうだと判断し、俺は若干の戸惑いとともに、発券されたものを受け取った。
「へぇ、QRコードを読み取って入場する感じなのか」
「もしかして映画見るの久しぶり?」
「子供の時以来かも」
「……マジ?」
ここまで話しておいて、ようやく俺は気づいた。
「ていうか俺、そもそもこんな豪華なシネコン自体初めてかもしれんわ」
「え、そうなの?」
「子供の頃、母親と一緒に見に来た映画館は、こんな指定券形式じゃなかったな。席も早い者勝ちだったし、立ち見も普通にたくさんいたし」
「それ……随分と昔の映画館じゃない?」
「だろうな」
「ちなみにその映画館って、今でもあるの?」
「いや、俺が大学に入った直後くらいに、閉館しちまったよ」
それについては、母さんから電話で聞いたんだが――流石にちょっとだけショックを受けたのはいい思い出だ。
「そもそも中学入ったあたりから、映画館も自然と来なくなっちまって、それっきりになってた感じだな」
「友達とかと一緒に来たりとかは?」
「なかった。まぁ、ついでに言わせてもらえば……」
俺も何でこんなことを言おうと思ったのかは分からない。恐らく有倉のテンションに乗せられたのだろう。
とりあえず今は、そう認識しておこう。
「母親以外の女と一緒に映画見るなんざ、今回が普通に初めてだよ」
「……ふーん、そうなんだ」
妙に意味深な感じの反応を有倉が示してきた。心なしかさっきよりも距離が近くなってきているような気がするけど、俺の勘違いだろうかね?
「あ、ポップコーンとコーラ買ってこうよ。今度は片瀬くん、お願いできる?」
「それは構わんけど……昼飯近いぞ?」
「別腹、別腹♪」
しかしすぐにいつもの有倉に戻るのだった。まぁ、別にいいか。こんなところで細かいことを気にしても仕方あるまい。
そして俺たちはこの後、メチャクチャ映画を楽しんだのだった――
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