第5話

勝手に答えを作るなよ


 得てして人間は、勝手に答えを作って分かった気になってしまう生き物である。その事の愚かしさを、僕は魔法のiらんどネット小説大賞2021にて予選を通過させて頂いた拙著「真夏の風の中で」において再三に渡って主張し続けてきた。この小説には、若い男女が手を繋いで歩いているシーンが登場してくる。まわりの人たちは皆、それを見て「二人は付き合っている」と勘違いしてしまうのだが、何を隠そうこの二人はまだ付き合ってはいないのである。「付き合っていないのに手を繋いでいる」、一見矛盾しているように見える事柄を矛盾がないように執筆しているあたりに、自分で言うのもなんだが、「よくもこんな風にうまく展開させられたな」と思っている次第なのだが、それはそうとして、この「勝手に答えを作って分かった気になってしまう」という事例について、ここで今一度、執筆してみたいと思っている次第である。

 僕にはかつて一緒に暮らしているツレがいた。かれこれもう10年以上の付き合いであった。別れた理由はまあ、…そのうち執筆するとしよう。ともあれ40代にもなってやれ「彼氏」だ「彼女」だなどと言うのは何やら子どもじみていて気が引けてきてしまうので、僕は常に彼女(←むろんこれは三人称である)の事を「ツレ」と言っていたのだが、それはともあれ歳が歳なだけにほぼ例外はないと言ってもいいぐらい、周りの人たちは僕らを「夫婦」だと勘違いしていたのである。向かいの家の気のいいおばちゃんなど、多分もう10回ぐらい「結婚はしてません」と言っているはずなのに、相変わらずツレを「奥さん」と言っていた。近くのショッピングモールやスーパーへ行く時もそう、店員たちからはいつも決まって「旦那さん」「奥さん」と言っていた。僕らはその度に互いに顔を見合わせて苦笑いしていたのだが、彼らは一向に気にする様子を見せようともしなかったのだから何やらむしろ笑えてきてしまう。

 さて、そんなこんなで「勝手に答えを作られて夫婦だと勘違いされる事」について嫌というほど実体験を積んでいたはずのツレなのだが、他でもないこのツレ自身が、「勝手に答えを作って分かった気になる事」をなかなかやめようとしなかったのである。まだ付き合っていた頃、このような事があった。

「トニーちゃん、画鋲ある?」

 と言うので、僕は「お値段以上のお店」で買ってきた、黒地に白の英字が書かれたインダストリアル風のお洒落で大きな缶の中から、画鋲を出してやったのだった。缶の蓋の天井にはフェイクレザーが張ってあり、クッションにもなっているため、椅子としても利用する事ができる代物である。僕はこれを玄関に置いていた。この缶に座ってブーツを履くと、なんだかとってもアメリカンな気分に浸れてお出かけがますます楽しくなるからであった。なお、僕はその高い収納性を誇る缶の中に、前述のとおり画鋲はもちろん、ジャンクのネジやらS字フックやら両面テープやらといったプチDIYをするのに便利な物を納めていた。

 画鋲を渡した後、僕はその時読んでいた本に再び目を落とした。その間、彼女は何やらスマホを弄っていたのだが、本に夢中になっていたためあまり気にならなかった。正直、どうでもいいと思っていたのだ。ところがしばらくすると、今度はこう言い出したのである。

「クリップってある?」

「クリップって、紙を留めるやつの事?」

「そう」

 僕はもう一度インダストリアル風の缶の中からクリップを出してやった。するとツレは再びスマホを弄りだしたのであった。

「一体何をやってるんだい?」

「いや、スマホのSIMを取り出したくてさ」

「SIMのピンなら持ってるよ?」

「えっ? あるの?」

 僕は再びインダストリアル風の缶の中からSIMの純正のピンを取り出して見せた。

「SIMのピンが欲しいなら最初からそう言えばいいのに」

「いや、まさかそれがあるとは夢にも思ってなかったから」

「一体何度言ったら分かるんだい? それが『勝手に答えを作って分かった気になってる』って事なんだよ。だいたいそもそも順序が逆だろう? まず初めに、"SIMのピンって持ってる?"って聞くのが普通じゃないか。それでもし"ない"と言われた時に初めて、やれ画鋲やらクリップやら他のアイテムで試行錯誤をするんだよ」

「あそっか」

「お前ってホント変わってるよな」


 誓って言う、未練はない、ただし、その元カノは可愛らしいぐらいに愛おしいおバカちゃんなのであった。

 たったそれだけのツマラナイお話である。

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