第2話

馬鹿はどっちだ!?


 その昔、僕に「ジュースを買って来い」と言ってはパシリにコキ使う馬鹿なヤンキーの先輩がいた。この人の一体何がどう馬鹿だったのかを今から書き記そうと思う。

「おいトニー、ジョージアの『ティスティー』を買って来い!」

 そう、彼はいつも二文字目の「イ」を小さな「ィ」と発音していたのだ。それが前々から気になっていた僕は、

「先輩、いつも『ティスティー』って発音していますけど、正確には『テイスティー』ですよ。

「馬鹿じゃねぇの。『ティスティー』に決まっているだろ!」

「いや、『テイスティー』ですよ」

「ここをよく見てみろよ…」

 彼は缶に描かれた二文字目の「イ」を指差してこう言うのであった。

「…小さな『ィ』になってるじゃねぇかよ!」

 なるほど確かに、言われてみればそう見えなくもないのだが、しかし、である、その後にある五文字目の「イ」に比べると大きさはさほど変わらないのだ。それゆえそれを指摘したのだが、彼はあくまで「ティスティーだ」と主張して聞かないのである。それゆえ僕は違う角度から反論して見せた。

「あの、ここに『TASTY』って書いてありますよね。これは『味わい』って意味の英語なんです」

 現代であれば、「TASTY 発音」とスマホに入力してネイティブな音声を聞かせれば解決する問題かも知れない、…もっとも、この馬鹿で石頭な先輩にそれを聞かせる事が可能だったとして、果たして素直に間違いを認めたかどうかは大いに疑問なのだが…。しかしもちろん、当時はまだそこまで便利な物はなかったのだ。ともあれ彼は僕の言い分に耳を貸そうともせず同じ事を繰り返すのであった。

「だから『ティスティー』だって言ってるだろ!」

「じゃあ『ティスティー』ってどういう意味か言ってみてください」

「馬鹿じゃねぇ〜の! 『ティスティー』だって言ってんだろ! いいからとっとと買ってこい!」

 馬鹿は一体どちらかはもちろん言うまでもない。


 瀬戸内海の無人島に住む猿を餌付けして取ったデータによると、文化という物は、どうも若い方には伝わりやすい反面、年上の方には伝わりにくい傾向があるらしい。これは人間社会でも同じと言えよう。しかし人間には知性というものがある。何が本当に正しい事なのか、考察する力が本来人間にはあるはずなのだ。そう、例えばコンビニでバイトしている高校生にお金の事で間違いを指摘され、逆ギレするようなおじさんは、若い猿の文化を頑なに拒絶するお山のボス猿と大差ないのである。

 相手が年下だからとか、自分よりも身分が低いからだとか、そんなくだらない理由でその人の意見に耳を貸さない、ハナから間違いだと決めつける、そんな人間にだけは成り下がりたくないと僕は常々そう思っている。

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