第3話
騒音を立てながら崩れ落ちる洞窟。
瓦礫と共に俺は奈落へと吸い込まれていく。
(待て待て待てッ!!)
空中で身を翻し、下を見るとさっき落ちた時とは違い真っ黒な闇が広がっていた。
まるで大きな何かが口を広げて待っているかのような迫力に呑まれそうになる。
(ここはまずいッ!)
直感でそう感じたが、重力には逆うことはできない。
底の見えない奈落への高速落下。次の瞬間には地面に衝突して死ぬかもしれないという恐怖が俺の思考を加速させた。
前に落ちた時はなんとかなったが、今回は前の比じゃないほどの高さだ。それに前回はたまたま生きていただけで、次は死ぬかもしれない。
死への恐怖が全身を支配する。
ないはずの心臓がドクドクと脈打ち、していないはずの呼吸が荒くなる。
(クソクソクソクソッ!!どうにか!!どうにかしないと!!)
必死に魔力操作をしようとするが、焦りと恐怖がそれを許さない。
そのせいで俺は体内の魔力操作をミスしてしまった。
グニャリと身体が崩れそうになる。
俺の身体は魔力で構成されているのだ。
なら一つのミスで身体が崩壊する可能性はあった。それを頭のどこかで理解していたけど無視していた。そのツケが返ってきた。
地面に衝突して死ぬか。
身体が崩壊して死ぬか。
なんでこんなことになったんだろう。
どうすればよかったんだ。そんな諦めに近い思考がぐるぐると頭を回るが、ブチッっと俺の中の何かが切れた。
(馬鹿か!! やらないと!! ここでやらないとただ死ぬだけだ!!)
俺の覚悟はそこで完全に決まった。
今の精神状態じゃ、精密さが必要な魔力操作なんてできない。けど不完全なまま魔力の操作を行えば、身体は崩壊して死んでしまう。
ならそんなものしなければいい。
魔力を全力で吐き出して、落下の衝撃を殺す!!
理屈なんて知ったことじゃない。
これ以外できることはないんだから、やるしかないんじゃ!!
(あとはタイミングだ!地面が近づいてきたタイミングで身体の魔力を吐き出せ!!)
しくじったら死ぬかもしれないという緊張感が極限まで集中力を削り上げる。
そして、地面を知覚した瞬間に全力で魔力を放出した。
(ここだ!!)
地面に放たれた魔力は俺の身体を一瞬だけ浮き上がらせ、落下のスピードを殺した。
(やった!成功しあばばばばばばッ!!!!)
のだが完全に勢いを殺すことは出来ずに地面をゴロゴロと転がった。目が目がぁ。
結構なスピードに視界が回転して、何か固いものに衝突して止まった。
あかん。頭がクラクラする。
前世の感覚があるからなのか、この身体にないはずの器官が揺れている。
けど、けどそんな感覚があるということはだ。
(俺は生還した。生還したぞぉおおおおおおおお!!)
身体をクネクネとさせながら、喜びを全身で表現する。人はなぜ踊るのか。それはきっと言葉にできない想いを表現するためなんだ。
そんな謎のことを考えながら、俺は暗い空間でクネクネとしていた。
これが人の形をしていたら変質者である。
しかし、その程度の些細なことは現在の俺にはどうでもいいことだった。
奈落へのダイブでの落下死は魔力大放出作戦で無事に回避することができたのだ。
素晴らしきかな人生。生きてるって素晴らしい。
だが一つ聞いてほしい。俺も別に喜びを表現するためだけに踊っていたわけではない。全身を動かすことで身体に損傷がないかを確認していたのだよ。
(ふむ。どうやら落ちる前の三分の一くらいの大きさになってるみたいだな)
また後で魔力の回復をする必要がありそうだ。……今度は太らないように。
あとはここがどこなのかだな。
上を見上げても、左右を見ても、あるのは闇だけだ。それは俺が光の届かないほど深い場所にいることを意味していた。
魔力感知ができない時だったら詰んでいただろう。
俺は放出して空気中に停滞していた魔力を制御し、周囲の様子を魔力を通じて確認していく。 危険な敵がいる可能性もあるし、慎重になるに越したことはない。
と、そんなことを考えている時だった。
振動を感じた。
かなり遠くの方だが音が聞こえた。
それも生物が何かを引きづっているかのような音だ。
(ひぇっ!?)
俺は慌てて、その場から一目散に走り出し、手頃な岩の裏に入り込んだ。
そして、そーっと岩の影から音の主人を覗き込んだ。
見ればそこには、見たこともないような巨大な蜘蛛がいた。
(おいおいおい、なんだアレ)
暗闇に光る八つの真紅の瞳。
キラキラと光る重厚感のある毛に覆われた俺の四倍はある巨躯。
触れれば一瞬で切り刻まれるであろう、長く鋭い爪。
俺はその場を動けなかった。
放たれる圧で身体が萎縮してしまったからだ。そして、俺は見てしまった。
あの巨大な蜘蛛が内包している魔力の総量を。
(あの魔力量はありえないだろうが)
俺の有する魔力量が五だとすると、あのデカブツは百は超えるであろう魔力量を有している。相手にすらならない。たぶん虫でも殺す感覚で瞬殺される。そう理解した瞬間、無意識に一歩後退りしていた。
小さな音だったと思う。ほんの些細な小石が転がった程度の音。
だが、それは闇の中に住まう怪物にとっては十分すぎた。
暗闇に浮かぶ紅い瞳がギョロリと一斉にこちらを捉えた。その次の瞬間だった。
衝撃。後から轟音が炸裂した。
耐えるなんて不可能、それ以前に何をされたのかすら理解できていなかった。
俺は気づいたら先ほど隠れていた岩陰から遠く離れた場所に這いつくばっていた。
視覚に映った景色は先ほどとは完全に変わってしまっていた。
(う……そだろ)
クレーターだ。地面を抉り取ったかのような一本の線が巨大蜘蛛から一直線に伸びていた。
たったの一振り。きっと音がしたから反射的に振り払った程度の行動だ。
それでも俺は認識することもできなかった。
たまたまだ。運よく、あいつの一撃に触れなかっただけ。
もしあの一撃に当たっていたらと考えると、きっと俺は生きていなかった。
止まった思考、死ぬかもしれないという恐怖。それらを吹き飛ばしたのは、巨大蜘蛛の甲高い咆哮だった。
『GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAッッ!!!!!!!!』
ただの咆哮の風圧だけで吹き飛ばされそうになった。
(どうする!?どうする!!どうすればいい!?)
相手はまだこっちに気づいていない。
なら逃げるか?
無理だ。体格差と能力差で勘付かれたら、一瞬で追いつかれて殺される。
なら闘うのか?
俺の唯一の攻撃手段である魔法だったら気をそらすことはできるかもしれないが、絶対に殺すまでは至らない。それに一度しか使ったことしかないものに命を預けるなんて以ての外だ。
むしろ下手に刺激して、完全に存在がバレることの方が危険だろう。
だったら選択肢は一つしかない。
隠れる。相手の認識から完全に逃れる。
それ以外には生き残る方法なんてない。
(体内の魔力を完全に外の世界の魔力と同化させる!!)
連続した二度目の命の危機。
そのおかげだろう。落下死から流れたという経験がここで活きた。
落下中には出来なかった危機的状況での魔力操作を駆使して、体内の魔力の性質を変化させて、完全に気配を遮断することに成功した。
巨大蜘蛛の目がギョロギャロと動き、音の発生源を探し回っている。
だが俺のことを認識は出来ていないようだった。呼吸の必要のない身体だが、無意識に息を止めて限界まで気配を殺す。
たったの数十秒。普段ならすぐに経つ時間だが。
その時間は生まれた瞬間の暗闇の中より長く感じられた。
どれほど地面に伏していたのか。
気がつくと巨大蜘蛛は綺麗さっぱりと消えてしまっていた。
それからのことはあまり覚えていない。
巨大蜘蛛が消えたことを確認してから、フラフラと暗い洞窟の中を移動していると、壁にできた小さな洞穴を見つけた。
あの化物からすれば一撃で破壊できるほどの穴だが、疲れ果てた俺にとってはオアシスに思えた。
そこで俺は完全に意識を失った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます