第4話 あの空を見に
夏休み、パパとママといろいろ話し合って、私はパパのいる六ヶ岳で過ごすことになった。
「こっちは東京より涼しいから過ごしやすいよ」
出発する日、何故か駅まで、ママのお相手の人に車で送ってもらうことになってしまった。
同じ院内の薬剤師さんだという、その人。
ママが好きになった人。
ママを好きになった人。
「パパを嫌いになったわけじゃないの」
そうママは言うけれど、好きと嫌いの間にある「嫌いじゃない」は、何が違うのだろう。
恋人の娘、なんて……お互いに気まずいよね。ふたりだけで何を話したらいいのか、わからないし。
チラリと運転しているその横顔を見る。
背筋がスッと伸びていて、何気ないおしゃれが自然で、良い匂いがして、ちょっとカッコイイ。
パパとは全然違うタイプの人だ。
「……永遠ちゃん。ああ、それじゃ馴れ馴れしいか、子供扱いしてるみたいだし、永遠さん、かな?」
不意にその人に呼びかけられた。
「あの、どっちでも」
その人は小さく笑って
「じゃあ、永遠ちゃんにするね」
「……はい」
「僕の母親も薬剤師で、父が早くに亡くなって、母は頑張って仕事をして、僕を育ててくれた。子供は、自分には手の届かないところで、カチッと将来が決められてしまうことがあるから……」
そういえば、ママはどうして看護師になったのだろう、今度聞いてみよう。
「あ〜、僕の話じゃなくて。永遠ちゃん、これは僕のせい、でもあるよね。ごめんなさい。大人どうしの事に巻き込んでしまって、申し訳ないです」
……え?
私はまじまじと、運転しているその横顔を見た。
「いえ……おじさ」
おじさん、と言いかけて、急いで名前を思い出す。
えーと、えーと?
「
「名前、覚えていてくれたんだね。嬉しいな。ありがとう」
ママは今度、結婚するとしても、事実婚にすると言ってた。私だって、そう何度もコロコロ名前が変わるのは、勘弁して欲しい。
赤信号で停車したとき、思いきって聞いてみた。
「あの……。ママのどこが良かったんですか? ママはおウチの事は何もできないし、あんな感じで」
その人はハハッと笑った。
「そうだねぇ。よくわかっています」
そして、真面目な顔で私を見た。
「君のママの、いつも頑張って、真剣に仕事している姿に惹かれました」
この人が新しいパパになるのかな。
大丈夫かな。一応、大人のあいさつってヤツ? しておこうかな。
「ママをよろしくお願いします。ちゃんと捕まえてないと、すぐまたどこかに行っちゃう人なんで」
ママをいちばんにしてください。
「はい、わかりました」
駅に着いて、車を降りるとき
「それじゃ、行ってらっしゃい。気をつけてね」
「行ってらっしゃい」と言う相手は、「お帰りなさい」と言う相手でもある。この人は、私が戻ってきたら、「お帰り」と迎えてくれるつもりなんだ。
そういえば、ママは声フェチだった。顔の好みよりも、好きになるのは声の素敵な人。
パパを好きになったのも、病院のクリスマスプチコンサートで讃美歌の弾き語りを聴いた時だと言っていた。
一生さんの声は、パパとはまた違う、低いけれども深くて温かい声だ。
—— 行ってきます。
パパのいる場所へ。六ヶ岳ブルーのあの空を見に。
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