第63話

本殿から降り、神楽殿を背にしてから幸福の鳥居を潜る。

そして、簡易的な授与所を通り過ぎた俺達は、秋葉茶屋へと入店した。

店に入ると、まずはお土産物が左右正面と置かれている。

食堂は、この先のようだ。


「お土産は後にして先ずはご飯にしよ、お腹ペコペコだよ」


緋音に、そう促され食堂へと向かった。

そして、メニューを眺める。


「慎くんどうする?」

「うーん、椎茸か…」


実は、ちょっと苦手。

しめじとかなめことか、エリンギとは大丈夫なんだけど椎茸は苦手。

なんか、味がやだ。

匂いもやだ。

まして、食感はもっとやだ。


「俺は、磯部揚げそばかな」

「え?うーん、じゃあ私は秋葉そばにしようかな」


きっと、大椎茸そばあたりを俺が選ぶと思ったんだろうな。

残念ながらそんな物は食べないよ。

俺達は、その後注文を済ませて席に着く。


「ねぇ、慎くん…もしかして、まだ椎茸苦手?」

「あはは…うん」


乾いた笑いが口から洩れる。

俺が、昔から椎茸が苦手なことを覚えていたようだ。

子供の時からずっと食べられない。


「慎くんは変わらないね…まあ、私もセルリーは苦手だよ」


浜松では、セロリの事をセルリーと呼ぶ。

大分、久し振りに聞いた気がするが直ぐに分かった。

緋音は、セロリが昔から苦手だった。

お互い、それ以外は大体好き嫌いなく食べられるのに。


「浜松だと、椎茸もどんこもどっちもよく出て来るからもしもは…私が食べるね」

「ありがとう、緋音。

じゃあ、俺がセルリーは貰うね」

「うん」


やがて、料理が出来上がって俺達は受け取って席に着き直した。

緋音の蕎麦は、大きな椎茸がスライスされた物と椎茸の天婦羅が載せられた蕎麦だった。

見るからに食欲が無くなりそうだ。

俺の方は、浜名湖産の海苔を使った磯部揚げが載せられた蕎麦だった。

こっちの蕎麦を見る限りは、食欲をそそられる。


「そう言えば、もうすぐ火祭りだよね」


緋音は、飾られているポスターを見てそう言った。

『秋葉の火祭り』。

12月15、16日に行われる祭事。

結局一度も見ることが無かった。


「慎くんの誕生日ももうすぐだね」

「覚えてたんだ」

「もちろんだよ、お誕生日会しようね」

「…うん」


40を過ぎるとそこまで誕生日は嬉しくもない。

ただ、年を取ったと思うだけだ。

まあ、東京や海外にいた時期は全く祝われたこともなく、ただ毎日に翻弄され疲弊していただけだった。


「慎くん、私はすると言ったらするからね」

「…はい」


俺は、返事をすることしかできなかった。

それだけ、緋音の目が本気だったから。



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