第57話

緋音は、ジャケットの前ジッパーを少しだけ下ろしている。

俺は、前ジッパーは下まで下ろしてしまって開放的になっている。


「緋音、暑くない?大丈夫?」

「あ、うん。大丈夫…もうちょっと中着て来ればよかったよ…」


確かに、彼女の胸元からはキャミソールが少しだけ見えている。

大分、ジャケットの中は薄着だったようだ。

流石に、着替えは積んできてはいない。

夏場とかならまだギリギリ大丈夫…いや、それはそれで俺が心配になりそうだけど。


「逆に寒くはない?」

「うん、それは大丈夫だよ…だから、油断しちゃった」


俺達は、バイクから離れ参道を歩く。

大きな茶色の鳥居。

高さは…5~6mほどはあるだろうか。

鳥居の左右には、狛犬?みたいな物が鎮座している。

顔が崩れているような気がする。

風化しているのだろうか。

ただ、口が「あ」と「うん」の形に見えるから阿吽の狛犬なのだろう。

俺達は、鳥居を潜り眼前に続く白い階段を見遣る。


「階段…凄いね」

「ああ、ゆっくり歩いて行こうか」

「うん」


そう言いながら、緋音は俺の腕に抱き着いてきた。

プロテクターの肘パットが地味に硬くて痛い気がするが気にしないことにする。


「あ、鹿」


緋音が、前方の柵を指差した。

そこには、鹿がいた。

「鹿苑」と書かれている。

柵の向こう側では、鹿を飼っているようだ。

鹿たちは、寝そべりながらそれでいて俺達の方を向いている。


「撫でてみたくなるよね」

「確かに…」


俺には、あまりそんな欲はないみたいだ。

特に触りたいとは思えなかった。

俺って、やっぱり冷めているのだろうか。


「あ!写真撮ろ。ねっ」


緋音が、自撮り棒を取り出し鹿をバックして構える。

俺も、画角に入る。

そして、シャッターの音とは別に「ちゅ」っと音がした。


「えっ」


そう呟いた時には、シャッターが切られ俺の頬に緋音の唇が当てられていた。

やがて、彼女が唇を離す。


「えへへ。うんうん、いい笑顔いい笑顔」


緋音は、スマホを確認しながらそう言った。

恥ずかしい。

俺は、足早に階段を上る。


「あー、待ってよ」


緋音が、俺のあとを駆け足で追ってくる。

やがて、展望スペースのような踊り場に辿り着くと俺は、彼女に追いつかれた。

そして、また俺の腕に抱き着いてくる。


「慎くん、置いてかないで」

「ご、ごめん」

「ふふ、恥ずかしかっただけだもんね」

「はいはい、だもんで逃げました」

「だもんで捕まえました」


だもんで…遠州弁で「だから」「とういうわけで」と言う意味だ。

そんなやり取りをしていると階段が終わり綺麗な参道に出た。

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